16:ゆっくりと。
16:ゆっくりと。
私は、今週の内には退院できるのだそうだ。
事故で負った外傷も、発見が早かったこともあり、そして周りに医療に携わる人がいて応急処置をしてくれたのが功をなしたらしい。
「よかったね、樹ちゃん」
あれから、毎日 渡辺さんは尋ねてきてくれる。
母子家庭でバイトがいっぱいあるのに……、あるがとう、百子サマ。
「やっほー」
「おお~、モモ、退院できそうだから、退院したらすぐ学校行くね?」
「マジで!?やったね!皆も喜ぶよ!」
皆にも逢ってみたいけれど、本心は叔母さんを安心させるために早く学校に行きたいだけだ。
「うん、皆にも会いたいしね…あと、神崎君にも…」
ちょっぴり恥ずかしいけれど彼氏さんには会ってみたい。
「もぅ~彼氏なんだから呼び捨てでよくない?」
「ま、まぁ…一応、初対面だし?」
「そ、そっか…ごめん、アタシ……」
「い、いいよ!?気にしてない」
そっか、私は皆の事初対面だけど、皆は違うんだよね?
でも、そんなに気を遣わなくてもいいのに……。
「あ、ごめん!急に仕事任されたから行くね?ごめんね!来たばっかりなのに……」
「うん、分かった~じゃ、ばいばい」
「うんっ。ばいばーい」
モモは、元気よく手を振りながら帰って行った。
最近の楽しみは、モモとのガールズトークもあるけれど、もうひとつ。
「友達、もう帰ったの?」
「うん~、バイトだって」
モモが帰った途端に、隣のベッドから声がする。
私と同い年の、一之瀬 連翔。
色素の薄いサラサラの茶色い髪の毛と、同じ色の瞳をもっている。
目が片方事故で見えなくなってしまったらしい。私が起きた日の3日前に目が見えなくなった。
「よかったね……退院」
どこかさびしげに言う、連翔。
「……連翔は退院したら何処行くの?」
退院すれば、私たちは離ればなれだ。
自分勝手な思いだけれど、それは……寂しい。
私たちはお互い仲間意識のようなものを感じていた……少なくとも、私は。
だから、かな?
まだ、離れたくない。答えを聞くのが怖い。
「……秘密」
だから――その答えに吃驚すると共に安堵したのかもしれない。
「え~ズルイ!」
だからこんな軽口が叩けたのかもしれない・
「いいもん~、連翔がいなくたって、私には“翼”って言う彼氏がいるから~」
本当は連翔の方に惹かれていたのに……。
いつもみたいに柔らかく笑って、憎まれ口をたたくのだと思って待っていた。
でも、彼はその言葉を聞いて瞬間フリーズした。
そして、呆然とした声で
「そ、うなんだ……」
と呟いたきり黙りこんでしまった。
どうしよう?怒らせること言った?彼氏の話は禁句だった?
悶々と考えていると、動く気配があって隣から彼が出てきた。
どうしよう?なにかいわなきゃ!
「ぁ……れ、」
「ちょっと頭、冷やしてくる……」
そう言って出て行ってしまった。
私はそれを、“ああ、そういえば。神崎君の話はしたことなかった”と思いながら見送っていたのだった。
肝心の翼との交流がない!
翼は、いつか出します。(*´艸`)