15:失くした記憶は再生することなく。
15:失くした記憶は再生することなく。
寒い。
ココはどこ?
ゆっくりと覚醒していく。
「……寒い」
ぐるりと見回すと私の部屋じゃ、ない?
真っ白い。無機質な。
叔母さんたちは?……ああ、そうだ。旅行に行っててあと何日かで……帰ってくるんだ。
「樹ちゃん!樹ちゃん!起きてっ、姉さんに続いて貴方までもっ、嫌よ……っ」
まだ子供がいなくて若々しい、遥子叔母さん。
いつも冷静沈着なその人が私の目の前に座っていた。
「遥子……さん?」
なんで、いるのだろう?
「い、つきちゃん?」
職業柄いつも完璧にメイクをしている遥子叔母さんが、今は目の下に隈ができて、目も泣いたのかな?とっても赤い。
「ど、したの?」
声がカラカラで掠れた音にしかなっていない。
私が、叔母さんのほうを見て瞬きを数回すると、叔母さんは信じられない、と言うように目を見開いた。
「樹ちゃん!? すみません!ドクターを呼んで!」
慌てた様子で、入口の方に声をかける。
本当に、何なんだろう。
「樹ちゃん!覚えてる?貴方……事故にあったのよ?」
―――え。
事故?
きーん、と頭に響く声。
『――・――様、さぁ』
なに、これ?
『……は……あ……ない……』
段々聞きとれなくなっている。
懐かしい声だな。でも誰の声?
わからない、わからない、わからない。
私はそうしてまた意識を手放した。
+ + +
「樹ちゃん~お見舞いにきたよ~って覚えてるよね?」
数日後、クラス代表の渡辺 百子とかいう人が私の病室を訪れた。
大きな花束と千羽鶴を持って……。
「あッ……ありがとう!」
中1の時と違い私はそれなりに幸せな日々を送っていた、らしい。
「でも」
と、渡辺さんに続けて言う。
「ごめんなさい……何も、覚えていなくて」
そう、私は記憶がない。
小さいころの記憶は……ある。忌わしくて、悲しい事故の記憶はここにある。
でも、それ以外は何も覚えていない。
◆ ◆ ◆
その事が分かったのは数日前。
佐島ドクターが、真剣な顔でやってきて、
「樹ちゃん、日本の都道府県の数は?」
と、なんとも当たり前の事を聞いたので、
「え?……47、ですよね?」
当たり前の事なので間違っていたら、相当恥ずかしい。
私が恐る恐る答えると、
「じゃあ、今から言っていく人に心当たりがあったら言ってね……」
そう前置きするとずらずらと知らない人の名前を上げていく。
「有保 英子、飯島 久、今村 俊介、榎本 千秋、……神崎 翼、木村 多枝」
そこまで言って、どう?心当たりはない?と優しい口調で聞かれた。だから、
「ないです」
と答えたら、悲しそうな顔をして
「君のクラスメイトの名前だよ……」
と言って、くるりと叔母さんの方を向くと、
「誠に申し上げにくいのですが……樹さんは、記憶喪失です……」
ああ、私の記憶がおぼろげで事故当時の記憶がないのはそのせいか……。
叔母さんは口に手を当てて、そんなっ!、と絶句してるけど。
別に悲しくもなんともない。だって、最初から分からないものをそう分かれというの?
「樹さんは、物理的ショックよりも精神的ショックから自らの記憶を封じ込めたのだと思います」
何かの記憶?
わかんないけど、遥子叔母さんや秀伯父さんの事はきちんと覚えている。
「わ、分かりました……樹ちゃん……?大丈夫?」
事故にあったと聞いた時から叔母さんは昔以上に過保護になったのだが……。
大丈夫、と頷くと不審そうな顔をしながらも佐島さんと一緒に出て行った。
◆ ◆ ◆
「そっかぁ~」
渡辺さんは残念そうに言う。明るくふるまってるけどやっぱり悲しそうだ。
ごめんなさい、私が謝ると慌てて
「樹ちゃんは何にも悪くないじゃん!」
と言われて逆に説教されてしまった。
「あ、ごめんね?……ってことは翼の事も分からない?」
翼。手に持っているクラスの名簿票を見る。
――神崎 翼。
あった。
「うん……分からない。でも何で?」
私が聞くと、彼女は絶句してとても……気の毒そうな、悲しそうな顔になった。
なんで?
「翼は樹の彼氏、だよ」
――!!
私に彼氏なんていたんだ!
感激。私も捨てたもんじゃないわね!
そんな風に現実逃避しても、
「やっぱり、知らない人と愛を育むのはちょっと……」
だよねー。と渡辺さんも言う。
その日は、授業の進行具合や、クラスの事を話して渡辺さんは帰って行った。
嗚呼。胸の中で声がするの――…。
でも、誰なのかすら分からない―ー…。
なんて、なんて、もどかしいんでしょう?