5話 お待たせいたしました・・・えっと・・・
正午。
店はかわいらしい外見をしているが、中は戦場だった。
奥のテーブルについている春と桜は特別扱いとしてそこにずっと居座っていた。
てきぱきと動き回る紅葉ともう二人の従業員。
厨房はたった一人で料理を作っていて、時折従業員が入って手を加えている程度だ。
近くに大学もあり、また若者が集まりやすい土地柄ゆえ、半数以上が学生だった。
彼らが注文する料理は、それはそれは奇抜だった。
「へぇ、おもしろそうですね。自分も注文してみましょう。
このとりもつパフェっての一つ」
「じゃあ私はエリンギと苺のあんかけみぞれ丼」
「はーい!
とりもつパフェおひとつとエリンギと苺のあんかけみぞれ丼おひとつですね!」
二人の注文を受けたのは紅葉で、ささっとメモを取ると厨房に戻る。
別の席ではクリスが注文を取るが、動作はもちろんたどたどしい。
ただでさえ普通のレストランでは見かけない代物だ。春たちだって意味がわからない。
まぁそんなのは予想の範囲内だ。
それがうりなのだから。
てんてこまいになっているクリスを見て、桜がほほえましい笑みを浮かべる。
「すっごくがんばってるわ。
顔はまだまだ固いけれど。
えっと、おとぎ話の主人公は村の人気者で、明るく社交的で勤労、だったかしら?」
「そういう設定はただの常套句だと思うけれど。
ただ、すべての常識が異なる異世界で普段通りにふるまえるほど、そこまで逞しい人間というのはおとぎ話であってもあり得ないということがわかりました」
そんなことを言って、春は水を一口飲む。
回転率のいい店の中で堂々と長々と居座るが、もちろん誰も咎めない。
せわしないクリスの背中を見て、春がつぶやく。
「ま、そこがじつは問題なんですがね」
暫くして、カタカタとお盆を震えさせながら、クリスが春たちのテーブルにやってきた。
「お、おまたせ、いたしました・・・えっと・・・」
冷や汗をかきながら、クリスは口ごもる。
彼女はこの国の文字を読めない。
注文は全部聞いて、彼女なりにメモを取って、そしてそれを厨房に口頭で伝え、最後に紅葉やほかの従業員がメモを書きなおす、といった感じだ。
先ほど春たちの注文を受けたのは紅葉だ。
何を注文したのかは厨房で聞いてきているが、やはり覚えるのは大変そうだ。
「えっと、とりパフェと」
「ま、許容範囲でしょう」
「エンギと苺のみずかけあん丼」
「まぁおもしろい」
くすくすと笑う桜にクリスは顔を真っ赤にさせて、慣れぬ手つきでテーブルの上に料理を置く。
慣れないは重々承知だが、春は容赦ない。
「適当に置かないで。ちゃんと人の前においてください」
「は、はい」
「じゃあどっちがどっちか聞かなきゃでしょう」
「あ・・・」
「自分がこっちです。これは彼女に」
「・・・はい」
「どんって置かない」
「・・・はい」
「立ち去る時は?」
「あ・・・えっと、どうぞ、ごゆっくり」
差し出されたどんぶりの中身を口に運びながら、桜はにっこり笑って、
「春さん。いじめてはだめですよ?」
と言った。
何を言っているんですか、と春は言って、甘辛いたれのかかったとりもつを一口。
「自分には彼女をここで働かせる義務がありますからね。
あまり駄目だと紅葉に迷惑がかかるでしょう」
「そうですけれどね」
そのとき、遠くでがっしゃーん、と派手な音がした。
ゆっくりと振り返ると、飛び散った破片。
皿の中身が空だったのは幸いだが、落としたのはもちろんクリス。
彼女は立ちつくしたままどうすることもできず、今にも泣き出しそうな顔をしてしまう。
ここで泣かれてはまずい、と思ったのは春で、思わず立ち上がる。
が、彼女に素早く近寄ったのは紅葉だった。
彼女が一番最初にしたのは、笑顔だった。
「申し訳ございませんでした。お怪我はございませんか?」
そういい、周辺のテーブルに座っている人に声をかける。
そしてしゃがんで、いつの間にか手に持っていたちりとりと箒で埃を立てずにささっと破片を片付けた。
それを中へ引っ込めた後、手に雑巾を持って戻ってきた。
辺りを綺麗に拭いて小さな破片さえも残さず、床は綺麗に戻った。
あっという間に元通りになった店内のなか、時間だけが止まってしまったクリスの肩をたたいた紅葉は、そのまま彼女を引っ張って厨房の奥に入っていった。
その後クリスは姿を現さず、紅葉と別の従業員だけが店内を歩き回っていた。
時計が2時を過ぎたころ、ようやく人の入りもまばらになった。
「私、休憩に入ります。
クリスさん、ちょっとパンク気味だったので先に休ませていたんです」
春たちのテーブルにきてわざわざ報告をくれた紅葉。
最後に空になった皿を下げて、厨房の奥のスタッフルームに入っていった。
「よし、行きますか」
「行きましょう」
突如、春と桜は立ちあがった。
そして、スタッフルームと書かれているのに、さも当然のように奥に入っていく。
他のスタッフは誰一人そのことに何の疑問も示さない。
ノックなしに堂々と入ると、テーブルに付いてコーヒーを飲むクリスと目が合う。
「あ、春さん、桜さん・・・」
「お疲れ様です」
労をねぎらった桜は彼女の目の前に座った。
こじんまりとした休憩室で、エプロンを脱いだ紅葉は財布一つを手にしていた。
近くのコンビニに行くのだ。
「ご飯買ってきまーす」
「あ、あの、紅葉さん!」
部屋を出ていこうとする紅葉に、クリスが声をかける。
「ん?」
「あの、さきほどは・・・ありがとうございました」
頭を深々と下げるクリス。
その姿を見て、紅葉は首をひねった。
春の隣に立っていた彼女は、そのままクリスの横に立って、おもむろにクリスの顔を覗き込んだ。
驚いてクリスが顔を上げると、目の前に満面の笑みの紅葉がいた。
困惑する彼女とは正反対の紅葉は、クリスに言った。
「クリスさんって、笑い方忘れちゃった人みたいだね」
投稿して3日後にとある一か所だけ訂正しました。
気をつけてはいたのですが、癖でどうしても使ってしまうある言葉。
それはこの小説では使っちゃいけない言葉なのです。
気付いた方はきっと勘の鋭い人で、今後の展開がなんとなくわかってしまったのでは、と思います。笑。