第9話
Cクラスに昇格して数日。
授業内容は、特にDクラスの頃と変わらず。
そろそろCクラスのことについて知っていきたいところだが、残念ながら今のところは話す機会を得られていない。
というよりか、なんとなく避けられているような雰囲気も感じられる。
だが今日の二限目にあるのは、総合学習。
普通の授業と違って、五、六人で一班作り、一つのテーマについて調べていくという形式だ。
ここで少しでも会話を交わせたらいいが。
昇格組の俺たち六人も、それぞれバラバラに各班へ振り分けられる。
翼や蓮、七瀬と軽く言葉を交わした後、俺たちは指定の席へ移動した。
「じゃあみんな、班ごとに集まれたかな?」
教室の机を向かい合わせにくっつけ全班の準備が整ったところで、春海先生は納得したように、頷く。
俺の班は女子が二人、男子が四人の六人班。
前世の記憶含めても、全員が初めましてだ。
「よろしく」
一応先に声をかけてみる。
だが反応は……そっけない。
軽く会釈を返してくれるだけで、笑顔はなく、すぐに各自のノートへ目を落とす。
やっぱり、Cクラスは独特だ。
Dクラスの頃は、多少なりとも「みんなで頑張ろう」という雰囲気があった。
けど、ここでは違う。
もちろんCクラスなりに団結はしているんだろうが、常に誰かの顔色を窺っている。
それと外部、ここでいう俺たち昇格組を良しとしない空気。
正直、かなりやりにくい。
そこで、俺はさりげなく話を振った。
「で、テーマはどうする? せっかくだから面白いのにしたいけど」
一人の男子が俺を一瞥し、口を開く。
「まぁ……嶺翠高校の歴史、とかでいいんじゃね? 普通に調べやすそうだし」
「無難だな」
他の男子も同意する。
「……うん、私もそれでいいと思う」
少し気弱そうな女子も首を縦に振る。
このテーマで概ね決まり。
そんな場の空気により、会話が止まる。
とりあえず反応はあった。
話も成り立った。
仕掛けるなら、ここか。
「それにしても士門くんって人、このクラスのリーダーって感じでカッコいいな」
少し声のトーンを落とし、わざとらしくそう言うと、班の視線が全て集まった。
そして一拍置いたのち、
「……カッコいいっていうか、私はちょっと怖いかな」
気弱そうな女子が、苦笑いを浮かべながら口にした。
その瞬間、隣の男子が小さく舌打ちする。
「おい、あんまりそういうこと言うなよ」
注意する声も固く、囁くような小ささだ。
だが、その女子は言葉を止められず、続けてしまう。
「だって……入学してすぐ、『このクラスは僕の言うことを絶対にしよう』って……普通に考えて、怖くない?」
「……」
反論はない。
だが肯定もない。
重い沈黙だけが、机の上を支配した。
別の男子が、ためらいながら口を開く。
「でもさ、実際そうじゃね? 士門くんに従えばAクラスに行けるって言ってたろ。あの人のお兄さん、今の三年のAクラスらしいし、クラス単位の昇格するなら一番効率いいって」
「……だけど、士門くんの友達ってBやAに多いんだよな。だったら、最終的に士門くんだけ昇格して俺らは置いてかれるんじゃね?」
冷静な指摘。
俺は内心で頷いた。
学園都市には「個人昇格」と「クラス昇格」がある。
俺たちが先日の特別試験で上がったのは前者。
一方のクラス昇格は、学年末試験の結果によってのみ判断される。
士門は――柊木たち未来の影鳳會と繋がっている彼は、きっと個人での昇格を見据えているんだろう。
その時だった。
「――おい」
隣の班から、苛立ちを含んだ声が漏れてきた。
「士門くんの意見に逆らうとか、マジで何考えてんだよ」
「昇格組だから知らないんだろ。空気、読めないんだな」
俺たちの耳にまで届くような声量。
視線を向けると、そこは士門の班。
そしてその怒りの矛先は、俺たち昇格組の一人。
白石という女子生徒だった。
「ご、ごめん、そういうつもりじゃなくて……ただ、せっかくみんなで決めるなら、分かりやすいテーマの方がいいと思っただけで……」
縮こまった肩。
両手を胸に押し当て、勇気を振り絞るように声を出す。
その必死さは痛いほど伝わってくるのに、返ってきたのは冷たい視線だけだった。
「つまり士門くんの意見は分かりにくいってことだよな?」
男子が机を叩く。
「Dクラスから来てすぐの人が、よく口に出せたね」
「ほんとそう。マジで空気読めよ〜」
同じ班の女子は、彼女に対して軽蔑の目を向ける。
白石はすぐに首を横に振った。
「本当に、そんなつもりじゃなくて……」
「もういいよ」
その場にいた士門が、静かに割って入った。
声色は穏やか。
だが、その一言で完全に空気が止まる。
それは彼の班だけじゃない。
このクラス全体。
教室の温度が一気に冷え切って、全員が息を呑むことすら忘れてしまいそうなほど重苦しい感覚。
「彼女も悪気があったわけじゃないんだ」
柔らかい微笑み。
だが、その笑みが冷たく見えるのは気のせいか?
「このクラスのルール、後で教えといてあげてよ」
班の生徒たちは一斉にうなずいた。
「……士門くんがそう言うなら」
「ま、後でみっちり教えてやろう」
結局、白石は謝罪の言葉すら呑み込み、口を閉ざしてしまう。
それからは全員、白石からわざとらしく視線を逸らし、会話を始めた。
完全なる孤立空間。
彼女にとって、その空気は地獄でしかないだろう。
なるほど。
Cクラスの異様さは、ここにある。
士門は優しい顔で止め役を演じながら、実際には彼女を切り離した。
クラス全体もそれを当然のように受け入れ、見て見ぬふりをする。
俺は心の中で小さく呟く。
「……このクラス、平和なんかじゃない」
その瞬間、背筋に冷たい確信が走った。
やはりCクラス全ての決定権は士門にある。
このクラスを支配している空気の正体が、ようやく輪郭を見せ始めていた、
これが士門。
――これが、Cクラスの現実か。
俺は机の下で、無意識に拳を強く握っていた。




