表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スコアが全ての学園都市。最底辺に堕ち、殺された俺は、タイムリープして復讐と成り上がりを誓う  作者: 甲賀流


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/18

第18話


 一ヶ月前。


 夜の寮は静まり返っていた。

 廊下に響くのは、遠くで鳴るテレビの音と、窓の外を通り過ぎる風の唸りだけ。


 俺はモップを握りしめ、廊下の隅に立っていた。

 視線は一点、階段の影に向けられている。


 もうすぐだ。

 この時間、この廊下を通るやつを、俺は知っている。

 清掃員専用の管理アプリを使いこなす俺にとって、一クラス分の生徒の動きなど、簡単に把握できるというもの。

 

 そして夜更けに自販機へジュースを買いに来る生徒の姿。


 やがて、足音が近づいてきた。

 時間ぴったり、読み通りだ。


 俺は何気ないふうを装い、モップを廊下へ滑らせる。


「……掃除?」


 驚いた声が背後からかかった。

 振り返ると、寝間着姿のクラスメイトがこちらを見ていた。


「気になると寝れないタチなんだよ」


 彼は辺りを見渡し、一息つく。


「はぁ、すげーな……。普通、わざわざこんな時間にやらねーって」


「まぁ気にしないでくれ。俺はこういう雑用が好きな性分なんだ」


 そう言って、モップを動かし続けた。

 あくまで自然に、何気ない雑用のひとつとして。


「……あのさ、綾城」


 彼は恐る恐る、俺の名を口にする。


「うん?」


「今日会ったことはさ、出来れば内緒に……」


「分かってるよ。俺はここでただ掃除をしていた。それだけだ」


 まぁさすがに今、昇格組と関わることは好ましくないもんな。


 クラスメイトは少し気まずそうに笑い、

 

「そっか。ありがとう。……なんか、真面目だな、綾城って」


 そう呟いて、ジュースを買いに行った。


 その一言に、俺は確かな手応えを感じていた。


 小さな親切。

 雑用。


 これを印象として、落とし込むことが出来たと。


 それから俺はほとんど毎晩、モップと雑巾を手に、寮のあらゆるところに出没した。

 Cクラスの生徒が通る可能性の高い場所をあえて選びながら。


 もちろん、ただ黙々とやっても意味はない。

 大事なのは魅せ方。


 クラスメイトの目に触れる瞬間を、常に計算。

 わざと時間をずらし、誰かが通るときに水を汲んだり、廊下のゴミを拾ったり。


 偶然を装った舞台。

 ソーシャルスコアテストで大事なのは、試験内容が発表される前の「素の姿」なのだ。


「お、また掃除してるよ」

「すご……マメすぎない?」

「夜まで残ってるのに、偉いな」


 そんな声が、少しずつ聞こえるようになってきた。

 最初は物珍しさでしかなかった視線が、やがて「当たり前」のように俺へと向けられていく。


 綾城は、真面目にコツコツ頑張るやつ。


 そのイメージを植えつけることこそが、俺の狙いだった。


 やがて、白石が廊下を通りかかる。

 彼女は立ち止まり、俺の背中をじっと見ていた。


「……綾城くん、いつもありがとう」


 小さな声。

 けれど、その一言には迷いのない感謝が込められていた。


 俺はモップを動かしたまま、振り返らずに答える。


「どうせ暇だからな。もし何か他に雑用があるなら言ってくれ」


 声をかけてくれた人に対しては、


 こうやって「雑用」というワードも織り交ぜる。


 この行動一つ一つが、全て結果に結びついていくと信じて。


 そして俺が試験のために行ってきたことは、これだけじゃない。


 次に狙ったのは、人との接点だ。


 放課後、男子寮の一角。

 フリースペースに集まっているCクラスの男子グループがいた。

 

 ゲーム好きの四人組。

 クラスでも地味な立ち位置だが、妙に情報通で、話題づくりの発信源になるタイプだ。


 俺はわざと鞄を肩にかけたまま、通りすがりを装って声をかけた。


「お、もしかしてクラッシュレギオンの話?」


 事前にそのゲームは把握してある。

 大人気の四人同時対戦型アクションゲーム。

 マスコットから魔王まで何でも殴り合うかなりカオスな格ゲーだ。


「……え、綾城くん?」


 意外そうに振り返った彼らは、互いに顔を見合わせている。


「ゲ、ゲームとか、興味あるの?」


 昇格組とは距離を置くという暗黙のルールがあり、戸惑うのも当然な中、その内の一人が勇気を持って俺と向き合ってくれた。


 まぁこの場に誰もいないから、だと思うけど。


「……昔ちょっとやってただけ」


 そこから少し話は盛り上がり、部屋にまで呼んでくれるようになった。


 当然目的は対戦バトル。


 戦いに勝つ必要なんてなかった。

 ただ、適度に食らいつき、盛り上げればいい。


「やべっ、落ちた! ってか綾城くん、めっちゃ上手くない?」

 

「はは、まぐれだよ」


 そんなやり取りを繰り返すうち、輪に自然と混ざっていた。

 

 そして何度もその集まりに呼ばれるようになったある時、俺はさらりと話題を投げた。


「そういや……七瀬さんって、どう思う?」


 一瞬、空気が止まる。

 だが、すぐに一人が肩をすくめた。


「どう、思う……ってまぁ、良い子ぶりっ子って感じかな?」


「いやいや、最近花に水やったりさ、黒板消したり……あれ見てると、別に可愛こぶってるわけじゃないと思うけど」


「うん、俺もそう思う」


 彼らそれぞれの意見が出る。


 よし――


 七瀬の何気なく見える生活の態度が、確実にクラスのみんなに根付き始めている。


 こういった無意識に沸きでる印象が、ソーシャルスコアテストでは大事になってくるはず。

 

 そしてさらにもう一押し、俺は火種を仕込む。


「……まぁ今こうやって聞いたのも、俺が七瀬のこと好きだからなんだけどな」


「え!? マジで!?」

「綾城くんって、意外とそういうキャラなの!」


 一斉に起こる驚きと笑い。

 俺は適度に顔を赤らめて、苦笑を返した。


 狙い通りだ。


 綾城は七瀬に片想いしている。

 この噂が広まれば、七瀬への視線もより一層好意的になものになる。


「仮にだけど七瀬さんが次の中間試験、一位になったら……告白、でもしてみようかな」


「おおっ! こりゃ面白くなってきたぞ!」

「応援するね!」


「……ま、冗談だけどな」


 わざとらしく俺は頭を掻き、耳まで真っ赤にしてみせる。


「いやいや、頑張れって!」

「俺たちは聞いたからな? 絶対しろよ?」


 と、冷やかしが部屋中を飛び交う。


 高校生の頃は、人の色恋に対して特に敏感になる時期。


 俺のこの気持ちが広がれば、もしかしたら面白がって投票するやつもいるかもしれない。


 俺はゲームの再開に紛れながら、そんな想像を脳内に繰り広げていた。



 * * *

 


「綾城くん、本当に七瀬さんが一位だったな!」


 あの時のゲーム仲間四人組が、俺の傍に寄ってきては茶化しにくる。


「本当に告白しちゃえば?」


「えっ、告白って綾城くんが、七瀬さんに!?」


 その声、その話題は、この教室内を波紋のように広がっていく。


「えっ、ガチ?」

「まさかのカップル誕生か!?」


 男子たちが一斉に囃し立て、手を叩き、背中を押してくる。

 女子たちも「キャー!」と声を上げて、からかうように笑っている。


「えっ、えええっ!?」


 七瀬は机の上で慌てふためき、顔を真っ赤にして手をぶんぶん振る。

 


「綾城、本気でいくのか!?」


 翼が目を見開きながら、俺の肩を激しく揺さぶってくる。


 もちろんこの一連の流れ、昇格組の誰にも相談すらしていない。


 正直、視線を泳がせ、耳まで赤く染めた七瀬を見ると、彼女にくらいは事前に相談しても良かったなと、若干の後悔は胸にあるが。


 だけどこれで完璧に塗り変わった。


 昇格組=無視の対象だったCクラス空気が、今は笑いと好奇心で溢れている。


 ようやくこのクラスの一員になれたと、俺たちはこの時始めて自覚することができた。



 だが。


 その盛り上がりの輪に、ただ一人だけ加わらない者がいた。


 士門湊人。


 彼は席に腰を下ろしたまま、表情を変えず、冷たい眼差しで俺たちを見ていた。

 その周囲だけ、笑い声の熱気が届かない。


 こめかみを走る血管が浮かび上がり、唇の笑みは完全に消え去っていた。


 誰もが振り返る間もなく、士門は立ち上がる。


 次の瞬間――


「な、なんなんだよッ!!」


 怒声が教室を震わせた。

 ざわめきが一瞬で凍りつき、笑っていた生徒たちも口を閉ざす。

 重苦しい沈黙が落ち、誰もが息を潜める。


 士門の視線が俺に突き刺さる。

 その鋭さは刃物のようで、全員が思わず息を呑んでしまった。


 Cクラスを支配していたはずの士門の影響力は、今や完全に薄れ始めている。


 残っているのは、俺たち昇格組を仲間として受け入れようとする流れ。


 士門はそれを悟ったのだろう。

 顔を歪め、鞄を掴むと、乱暴に扉を開けた。


 バタン、と乾いた音が教室に響く。


 閉ざされた扉を見つめながら、俺は心の中で静かに悟る。


 Cクラスの均衡は、今、崩れたと。


 だけどそれじゃダメだ。


 このままでは、結局士門の闇堕ちは変わらない。


 この先必要なのは個人の敗北ではなく、学園の闇、影鳳會の滅亡。


 平和な学園都市だ。


 それは二度目の人生を歩む俺にとって、絶対に欠かせないことだ。


 だから、俺は行く。


 士門湊人をこのCクラスの真の仲間として、迎え入れるために。


「ちょっと、行ってくる」


 重く続いた沈黙の中、俺はひと声漏らしたのち、一年Cクラスの教室を後にしたのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ