91話
モルマッカ騎士爵家、インポリオ侯爵家、スヴェツシ男爵家の三つの貴族家に注意する生活を、ブリルーノは送った。
そして予定通り、モルマッカ騎士爵家にて出産が始まった。
狭いモルマッカ騎士爵家の家屋の中は、ブリルーノとモルマッカ騎士爵夫婦の姿しかない。
先代当主と子供たちは、出産の邪魔になるからと、出産が終わるまでモルマッカ騎士爵の知人の家で寝泊りすることにしたらしい。
「あれだけ多くの子供がいると、預け先が大変そうだがな」
「同じ騎士爵で、同じ隊の家で、家族ぐるみの付き合いの間柄なのですよ。あっちの家で子供が生まれそうになった際に、あっちの家の子を預かったことだってあります」
「持ちつ持たれつってやつか」
ブリルーノはモルマッカ騎士爵と会話しながら、二人で出産の準備を整えていった。
一方でモルマッカ騎士爵夫人はというと、既に何人も出産を経験しているからか、陣痛による脂汗が額に浮かんではいるものの、慣れた調子でベッドの上に寝ころんでいる。
ブリルーノが大方の準備を終えて、魔力視を使って胎児の様子を診ると、頭の先が産道に入りかけている姿が見えた。
「早いな。もう胎児が外にでようと動き出している」
「それは、大丈夫ということで?」
「なにかしらの問題が起こってのことじゃない。心配しなくても正常な出産だ」
ブリルーノは、少しずつ胎児の位置が産道の外に向かっているのを確認し、これは早く出産が終わりそうだと思った。
そのブリルーノの判断が正しかったと証明するように、出産の過程がするすると進んでいく。
出産が始まって一時間もしないうちに、夫人の股の間から胎児の頭の先が見えてきた。
胎児の存在が目に入ったことが切っ掛けか、モルマッカ騎士爵が急に夫人の手をとって応援の言葉を書けはじめた。
「さあ腹に力を入れて! もうちょっとだ!」
「はい。ふくくくくー!」
夫が励まし、妻が応援に応える形で全身に力を込める。まさに夫婦の共同作業といった光景だ。
ブリルーノは、そんな二人の姿を見ながら、いま胎児が急にでてきても受け止められるだけの準備を冷静に整えていく。
その後も、大変な状況になることもなく、胎児の頭が、肩が、そして胴体が、夫人の息みと時間と共に産道の外にでてきた。
ブリルーノは、半分以上体がでてきた胎児を手で受け止める。それから産道の外に出ようとする流れを補助する程度の弱い力でもって、胎児を産道の外へと引っ張り出した。
ズルりと胎児の全ての体が母体の外に出たところで、産まれ出た宣言をするかのような大きな泣き声が響いた。
ブリルーノは、泣き続ける赤子を産湯につけて全身を洗い、軽くタオルで全身を拭ってから、真新しいタオルでその全身を包み込む。
タオルに包まれて安心したのか、赤子は急に泣くのを止めて大人しくなった。
ブリルーノは、へその緒がついたままの赤子を夫人い手渡した。
夫人は、もう何人も生んで新生児に対する次の行動が分かっているのだろう、赤子の口に自分の乳房を含ませて初乳を飲ませ始める。
ブリルーノがふとモルマッカ騎士爵に目を向けると、応援し疲れたのか、はたまた赤子が無事に生まれて安堵したからか、椅子の上でボーっとしている姿があった。
「モルマッカ騎士爵。産まれた子の顔を見なくていいのか?」
「え、あ、そうでした。どれどれ」
モルマッカ騎士爵は、まずは乳を飲む赤子の顔を眺め、それから夫人に労いの言葉を送った。
「よくやってくれた。出産で体の調子が悪くなったところはないか?」
「疲れた以外にはありません。それよりも、あなた。子供たちをよんできて、この子を見せてあげないと」
「お、おお、そうだな。まだ日が高いから、連れ戻しても問題はないな」
モルマッカ騎士爵は、先代と子供たちを連れて戻るまでは任せるとブリルーノに言い残して、足早に家屋の外へと出ていった。
その慌ただしい様子に、ブリルーノとモルマッカ騎士爵夫人は笑顔を見せ合った。その後で、ブリルーノはもう一度夫人の体の中を魔力視で確認した。
「いまのところ、出産による怪我や傷害などは生じていない。あとは後産を経てどうなるかを、一昼夜かけて確認したら、この家における俺様の役目は終わりだ」
「この家にお泊りになるので?」
「寝室を用意しろとは言わん。椅子の一つでも貸してくれれば、俺様は寝れる」
「そんな、宮廷魔法師筆頭殿にそんな扱いをするなんて」
「宮廷魔法師は戦場にでて戦うこともあるんだ。戦場では、土の上に寝るなんて扱いを受けるのはザラだ。椅子一つを貸してもらって、その扱いに文句を言ってくる、宮廷魔法師はいない」
「そういうものなのですか?」
ブリルーノは、夫人と雑談を交えたあと、妊娠中に使った道具を片付けることにした。
その片付けが終わり、夫人の後産が終わって赤子のへその緒を切り離し、魔法で清潔にしたベッドに夫人を寝かし直したところで、外に出ていたモルマッカ騎士爵が戻ってきたらしい。
多数の足音が聞こえ、やがて子供たちの姿が夫人の寝室の扉のところに現れた。
「赤ちゃん産まれた!?」「わあ、かあさまが抱いてる!」「みせてみせて!」
わらわらとベッドの周囲に集まる、子供たち。どうやら預け先では庭先で遊んでいたようで、土に汚れた姿をしていた。
ブリルーノは、庭土なんて赤子に害がでるのではと危惧し、子供たちの汚れを浄化の魔法で一斉に綺麗にした。
子供たちは赤子に夢中で、自分たちが魔法によって綺麗になったことに気付いていない――いや、一人だけブリルーノの魔法行使を察知したようで身綺麗になった自分に驚いていた。
ブリルーノが魔力視でその気付いた子供の魔力量を調べてみると、魔法使いになれるだけの資質を確認した。
(多数子供を産めば、魔法の素質のある子がでてくるのは当然か)
ブリルーノは、あの子供に魔法の才能がありそうなことを伝えるべきかを考えるが、新しい赤子の誕生に喜ぶ空気の前では無粋だなと判断して何も言わないことにした。
(ここで教えなくとも、あの子供が真に魔法の才能があるのなら、自然と魔法に魅かれて魔法使いを目指すようになるはずだからな)
ブリルーノはそう判断を下すと、モルマッカ騎士爵とその先代が戻ってきて更に騒がしくなった寝室から、そっと外にでて家族水入らずの状態にすることにした。




