84話
ブリルーノは客間で一人、優雅に読書をしながら時間を過ごす。
サイドテーブルの上には、茶を淹れるためのポット、茶葉の入った缶、そしてカップとソーサーがある。
ブリルーノは本を読みながら、片手でポットを持ち上げる。手応えが軽くて中身がないと悟ると、ポットの口にある蓋を取ると茶葉を追加で一振り入れ、さらには魔法で生み出した熱湯を注ぎ入れた。
蓋を閉じて蒸らし、茶葉から茶を抽出する。
実に雑な茶の淹れ方だが、そうして出来た茶をカップに注いでから、ブリルーノはカップを口に運んで茶を一啜りする。
雑味や苦みが多分に含まれている、実に飲み難い茶だ。
しかしそれが逆にブリルーノの好みに合っていて、本を読む際の口寂しさを埋めるのに十分な相手となっている。
本を一つ読み終えて、ブリルーノは顔を上げながら背筋を伸ばしながら思考する。
(借りてきた本は、これで全て読み終えたか。返却ついでに次の本を読むとしようか)
カントゥス侯爵家にある書斎に行くべく、読み終えた本たちを集めていく。
その作業の間、部屋の閉じられた扉の向こう側から、足音がパタパタと響いたり、誰かが会話する声が聞こえてくる。
落ち着きがない様子から、まだまだ夫人の出産は続いているのだとわかる。
(出産は、早くて四半日、普通が半日、長くて一日から三日だと、アイスペクタ医師から教えてもらっているが)
ブリルーノが部屋の中で本を読むことにして、既に半日が経過している。
普通なら出産が終わってもおかしくないはずだが、それがまだなのだとすると、難産と認定すべき事態が起こっていると判断できる。
(しかし使用人が俺様に状況を伝えに来ていないことを考えるに、緊急事態には至っていないに違いない)
ブリルーノはそう判断を下すと、読み終えた本を抱えて部屋の外へ出た。
書斎へ続く廊下を歩き、書斎の扉を開けて中に入り、読み終えた本を本棚の並びに合うように戻していく。
そうやって書斎の本棚が綺麗に整列された状態に戻してから、ブリルーノは次はどの本を借りるかと物色する。
(多くの貴族家では見栄で本を買って並べるというが、この家でもその通りのようだな)
どの本も一度か二度は読んだ痕跡があるが、読み込んだという傷み具合のある書籍は存在していない。
本棚に並んでいる本たちも、背表紙にある名前から察するに、様々なジャンルを節操なく集めていることがわかる。
(分冊にされた本が一揃いしている点は、評価するべきだな)
ブリルーノの実家の伯爵家にある書斎の棚には、例えば上下に巻数が別れている本があれば、その上巻だけあったりすることが多かった。
どうして下巻がないかというと、基本的に実家にあったのは中古の本。そして人が本を手放す判断は基本的に上巻を読んで、その内容が気に入らなくて売り払う――つまり下巻は買わないため、上巻だけが中古市場に多く流れる。
そして在庫が多いということは、それだけ値引きができるということでもある。
つまるところ、上巻だけが格安になり、下巻は在庫の少なさから高止まる。
書斎を単なるステータスだと判断し、その棚に本を並べることだけを目的とするのならば、上巻だけを中古で買い求めた方が金を使わなくて済むわけだ。
だからこそブリルーノは、カントゥス侯爵家の書斎の棚にある本の全てが、分冊を一揃えで収めていることに感心したのだ。
(最近発売された書籍も見受けられることから、この書籍を集めたのは現在の当主だろう。そして本は一揃えしてこそ知識として意味があることを知っていそうなことから、資金は十分に持ち合わせている合理的な判断ができる人物だとわかる)
そんな当主が、ブリルーノを客間に留めてよしとしている。
その点に、ブリルーノは納得がいかない気持ちを抱く。
「当事者たる夫人の意見を尊重した。もしくは、王妃から紹介された魔法使いよりも、雇い入れた侍医に信を置いたといったところか」
ブリルーノは、そう当主は判断したに違いないと納得すると、読んだことのない本を見つけて棚から抜き出した。




