79話
襲撃者たちを磔にして晒したことが幸いしたのか、あれ以降の襲撃はなくなった。
そんなブリルーノにとって平和な時間でも、犯人捜しをするシンザーレにとっては大忙しな時間なようだ。
どうしてそう分かるかというと、ブリルーノがミルキブルーナの部屋で優雅に茶と菓子を口にしている間、屋敷の中では方々から悲鳴やら怒号やらが聞こえてきていたからだ。
ブリルーノは茶で喉を潤しつつ、対面に座るミルキブルーナへ視線を向ける。
ミルキブルーナは、その腕で自身の赤子を抱きかかえ、慈愛の笑顔をその子に向けている。
「……これだけ悲鳴が聞こえるのに、シンザーレ殿が逆襲を受ける心配はしてないようだが?」
ブリルーノが思わず意地の悪い言葉をかけると、ミルキブルーナは笑顔のまま振り向いてきた。
「心配いりませんよ。シンザーレ様に協力してくれる方は多いですし、配下も荒事向きの腕利きばかりですから」
「通常そういった配下は、次期当主として一番可能性が高い、長男に付けられる者だと思うんだが、どうして三男のシンザーレ殿に?」
「三男というお立場だったため、外回りに出されることが多かったのです。そのため接してきた人々と距離が近く、それが人望が集まる結果を呼んだのです」
現実にも物語でも、よくある話だった。
貴族では、当主になるべく長男を育て、そのスペアとして次男に教育を施す。
この二人は、厳しい教育に時間を割かれるため、親兄弟姉妹と家庭教師以外と交流を持つことが難しくなる。
そのため、使用人や領民とは接点がなく、彼ら彼女らから人望は集まりにくくなる。
三男以降の場合は逆で、貴族としての最低限の教育は受けさせられても、それ以上の教育は望まない限りは受けられない――つまり自由な時間が長男次男より多くある。
その自由な時間をどう使うかで、三男以降の未来は決まる。
武によって立つため武芸や魔法の腕を磨く。領地運営の補佐をするため算術や書類作成の方法を修める。家の外にでるために市井の人たちと関りをもつ。
ルーグネック辺境伯家では、生殖能力の有無によって後継者の高低が決まるようではある。しかし長男次男の生殖力の心配などしないだろうから、普通の貴族家と同じような方針をとっていると思われる。もちろん、万が一長男次男が不能だった場合を考えて、三男以降の後継者にも他貴族家以上に教育を施してきたことも間違いないだろう。それでもやはり、長男次男とそれ以降では、自由になる時間の多さは違っていたに違いない。
そしてシンザーレは、三男という自由時間が多い立場を活かし、武の訓練を積みつつ配下の者たちと交流を持ったのだろう。
配下の立場で考えるのなら、後継者指名は現当主が行うものだとは重々承知していながらも、自分たちの交流があり仕事についても見識を持っている人に次期当主になって欲しいなと肩入れしたくなるもの。
そんな気持ちがある状態で、ミルキブルーナが妊娠し出産を終えてシンザーレの生殖能力が証明され、そして毒という真っ当ではない方法でミルキブルーナを害したことが明るみに出た。
配下たちは、これで長男次男の陣営に罪を償わせることで、シンザーレが一気に次期当主筆頭まで上りつけることができるだろうと考え、協力に手を惜しまなくなっているのだろう。
そんな風に、ブリルーノが真実を外していない予想をしていると、ミルキブルーナの部屋の扉が激しくノックされた。
この部屋にいるブリルーノ以外の者たちがビクリと身を強張らせる。ミルキブルーナの腕の中にいる赤子は、驚きついでに大泣きを始めてしまう。
「うぎゃあああぁぁぁ! ああああうううぅぅ!」
「ああ、よしよし。怖くありませんからね」
ミルキブルーナが赤子をあやしている間に、侍女の一人が扉に近づいてその向こうに声をかける。
「どなたです。どなたであっても、事態が治まるまでは、この扉は開けないことになっているのです」
侍女の声が向こうに届いて部屋の中に人がいると分かったからか、急に扉の取っ手がガチャガチャと捻られて鳴り始める。
捻り壊されそうな音の連続に、扉の近くにいる侍女の顔色が青くなる。
ここでブリルーノが、その侍女に声をかける。
「心配するな。その扉を含めて、この部屋はは俺様の魔法で施錠がされている。戦略級の魔法を使わない限り、突破は無理だ」
「その戦略級という魔法を使ってくるのではありませんか?」
ミルキブルーナからの心配含みの言葉に、ブリルーノは首を横に振る。
「戦略級魔法を使える人物は少ない。それに戦略級魔法を使ったのなら、この砦のような屋敷ごと吹っ飛ぶぞ。まあそんな事態になったとしても、魔法的な防御がない他の場所に比べたら、俺様が魔法で施錠したこの部屋が最も安全に違いないがな」
ブリルーノが自信満々に保証すると、部屋の中にいる一同は安堵した顔つきになった。




