70話
屋敷の中を移動していると、先導するシンザーレから謝罪の言葉がやってきた。
「申し訳ありませんでした。父と兄の諍いを見せてしまって」
「諍いはともかく、王家批判の言葉は聞捨てることはできないんだが?」
「そう言う割に、怒っている様子はありませんね」
「辺境に土地を持つ貴族たちによくある考え方だからな。王家は国防の壁となっている我らを優遇し感謝するべきだ、とな――」
ブリルーノは少し言葉を切ってから、言葉を続ける。
「――だが俺様が戦場で魔法を一つ見せれば、そんな戯言を口にしなくなる。王家に反抗したら、あの魔法を向けられるのは自分たちだ。そう悟ってな」
「辺境貴族が考えを変えるほど、貴殿の魔法は優れていると?」
「優れているのではなく、勝てないと分かるのだ。敵軍の兵や騎士たちの、魔法を食らった後の有り様を見ればな」
「そういうものでしょうか?」
今一納得いっていない様子の、シンザーレ。
ブリルーノは、どうして納得できないかを、予想する。
「シンザーレ殿は、宮廷魔法師の魔法を目にしたことが?」
「あります。ですが、勝てないと思うほどの魔法はなかったかと」
「どんな魔法を目にした。魔物を倒すための魔法だったか? それとも軍団を滅する魔法か?」
「魔物相手に魔法を放ってましたね。たしかに何人もの兵士が苦戦していた魔物を、たったの一撃で倒したことは凄いと思いましたが。でもそれだけです」
「なるほど。シンザーレ殿は、敵がその魔法を使っててきても、自分ならば勝てると、そう感じているわけだ」
事情が分かって、ブリルーノは思わず口に笑みを浮かべてしまう。勘違いにもほどがあると嘲笑したのだ。
その嘲笑を、シンザーレは先導しながら察知したようだ。
「思い違いをしていると?」
「例えるなら、小物を倒すのにナイフを使っていた場面を見て、そんな小さな刃は怖くないと語っているようなものだ。その者は、ナイフだけでなく、片手剣や両手剣を持っていたにも関わらずな」
「あの魔物を倒した魔法は、ナイフであったと?」
「さてな。俺様は、その宮廷魔法師ではないから、何とも言えん。だが宮廷魔法師であれば、ナイフ以上の刃物を必ず一つは持っているはずだ。そうでなければ、宮廷魔法師にはなれないからな」
ブリルーノが自信を持って保証するも、シンザーレは納得しがたい様子を見せてきた。
「一般の魔法使いと肩を並べて戦う機会は何度もありました。あの魔物を倒した魔法は、どの魔法使いよりが使って見せた魔法よりも強力でした。あれより強い魔法があるとは、どうしても思えませんね」
「信じる信じないは自由だ。だが、宮廷魔法師を舐めることだけは止めておけ。むしろ宮廷魔法師は、誰もが避けるほど強力な魔物とでも思っていた方が、健全に人生を過ごせるぞ」
「……では、その筆頭である貴殿は、差し詰め魔物の王たるドラゴンであるわけですか」
「ふふっ。俺様はドラゴンを討伐した実績持ちだ」
「ドラゴンよりお強いわけですか。そういうことであれば、考えを改めるしかないでしょうね」
このシンザーレの口調には、笑いが含まれていた。
それはブリルーノのドラゴン討伐者が嘘だと思ったからなのか、ドラゴン討伐者と認めた上で自分なら勝てると思ってのことなのか、はたまたドラゴン討伐者と知って戦っても勝てないと諦めた笑いなのか。
ブリルーノが真意を掴もうとする前に、ある部屋の前でシンザーレが立ち止まった。
「ここが我が妻の居室です。中に入る前に、一つだけ注意を告げます。妻を世話する者たちは、とても神経質になっております。兄を怒らせたような発言は控えていただきたい」
「妊婦の世話は神経を使うものとは理解している――そういう理由で神経を尖らせているわけではないようだな」
ブリルーノが発言の意味を問いただすと、シンザーレは声を潜めた。
「我が妻は、毒殺されそうになっているのです。毒見役が三人、護衛が二人、再起不能状態になっているのです」
「暗殺されかけていて、それが今も続いていると? 下手人は?」
「犯人は捕縛時に自殺しており、依頼者に繋がる情報は何も」
「黒幕に心当たりは?」
「それはもちろん、我が兄弟の内の誰かでしょう。我が妻が一番に子を妊娠したので」
「この家では、子供を作る機能があると実証できなければ、後継者には成れないんだったな。つまり貴方は既に後継者として認められているわけだ」
「その通りです。だから我が兄弟の誰かが、せめて妻を殺したり子を流してやろうと、そう画策しているのではないかと」
「兄弟の妻たちに、妊娠の兆候は?」
「それが誰一人として」
つまるところ現状、シンザーレだけが次代の当主になり得るし、その妻の胎児が次々代の後継者になり得る。
だが、シンザーレが次代の後継者の資格があることは消せないものの、その子供が次々代の後継者になることは阻止できる。
毒で胎児が死んで流れてしまえば次々代の後継者は空席となり、ましてや妻まで毒で死ねばシンザーレが次の妻を迎えるまで子を作る機会はなくなるのだ。
その子ができるまでは、次々代の後継者の椅子に座れる候補は、シンザーレの兄弟しかない。
更に子ができるまでの期間で、シンザーレの兄弟たちが子作りを成功させて後継者の資格ありと示すことができたのならば、シンザーレを殺して後継者の椅子に堂々と座ることが可能になる。
シンザーレの兄弟の側に立って考えるのならば、シンザーレの妻を毒殺することは、ルーグネック辺境伯家の後継者になる極上の一手である。
「事情は理解したが、俺様は妊婦が赤子を産むまでの安全しか確約できん。その後の事を考えるのなら、早く黒幕を捕まえて裁きにかけることだ」
「それは理解しています。貴殿が来た事で、妻の命を狙う者は新たな動きを起こすはずです。その予兆を見逃さず、今度こそ黒幕を掴んでみせます」
シンザーレの妻と子を守る。
その共通認識が結ばれたのを確認してから、シンザーレは妻のいる部屋の扉をノックした。




