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69話

 微睡む獅子亭は、貴族の使用人が泊まる宿ということだけあり、高級な内装を誇っていた。

 提供される食事も美味しく、寝具も寝るに最適な柔らかさと清潔さがあった。

 翌朝、ブリルーノは食堂にて朝食を取った。

 湯気が立つほど焼きたてのパン。滋味深い味わいの具のないスープ。目覚めを助ける効果がありそうな、スッキリとした味わいの薬草茶。

 豪華な内容の朝食とはいえない質素な見た目ではあるが、手間暇がかかっている贅沢な料理だ。

 ブリルーノが朝食を堪能していると、宿屋の従業員が近づいてきた。


「お客様に伝言がございます。ルーグネック辺境伯様から、馬車を遣わすので屋敷に来るようにと」

「その馬車は、何時くるんだ?」

「朝食を終え、一息ついた後ぐらいかと」

「来るのが早いな」

「お客様は男性でいらっしゃいますので」


 女性なら身支度する時間を置くが、男性だからその必要はないだろうという判断のようだ。


「分かった。朝食を楽しんでから、部屋で見繕いをしておくとしよう」


 ブリルーノが発言通りの行動を終えると、従業員が伝えてきた伝言の通りに、ルーグネック辺境伯の紋章が外壁に描かれた馬車が宿の前にやってきた。

 ブリルーノは、宿の使用人が部屋に呼びに来たので、部屋を出立して件の馬車へと移動した。

 馬車の中に入ると、革張りの座席があるだけで、中には誰も居なかった。

 ブリルーノが座席につくと、御者が扉を閉め、それから間もなく馬車が走り始めた。

 馬車は街道を進み、昨日ブリルーノが追い返された、兵士二人が立つ橋の前へとやってきた。

 馬車はそのまま橋の上を進んで堀を越え、丘を囲む壁にある門を潜っていく。

 坂道に入り、馬車の進む速度がぐっと遅くなる。

 それでも、車を牽く馬たちは移動し慣れているようで、ぐいぐいと坂道を上っていく。

 ブリルーノは馬たちの頼もしい力強さを感じつつ、馬車の窓から外を眺める。

 果樹の林には実が鈴なりに生っていて、馬車から手を伸ばせばもぎ取れそうだ。屋敷への道の途中途中には、防御陣地のような建築物があり、その近くには武器庫らしき小屋の姿。

 ここで、ぐっと馬車が曲がる感覚。

 どうやら屋敷までの道は一直線ではないらしい。こちらも、門から攻め入ってきた外敵がすぐに屋敷まで来れないようにする工夫のようだ。

 しばらく馬車に揺られて、やがて屋敷の前に到着した。

 ブリルーノが御者が明けてくれて扉から外に出ると、丘の頂上に建てられたルーグネック辺境伯屋敷が間近にあった。

 遠くからでは分らなかったが、ルーグネック辺境伯家の屋敷はかなり大きかった。

 石材をふんだんに使用した建物は、第一印象で分厚いと感じてしまう造りになっていた。


(屋敷というよりは城――いや、城塞といった感じだな)


 国防を担う屋敷としては頼もしいが、住居として考えると不便そうだなと思ってしまう。

 ブリルーノは、そんな屋敷の門を潜り、中へと入った。

 玄関では、ルーグネック辺境伯家当主らしき初老の男性が同年代の女性を伴って中央に立ち、その左右に彼の息子たちだと思われる中年の男性たちが並んでいた。

 その初老の男性が、ブリルーノを歓迎するように大手を広げながら、言葉を口にし始める。


「よくぞ参られた。宮廷魔法師筆頭殿。儂が、ルーグネック辺境伯家の当主、ストリクトである」

「お初にお目にかかる、ルーグネック辺境伯。だがこうして歓迎してくれて申し訳ないが、俺様の役目は妊婦に対する助産活動だ。その当の妊婦は、ここに居ないようだが?」


 ブリルーノの言葉に、ストリクトではなく、並んでいる息子の一人が声を上げる。


「おい! 父上に対して無礼であろう!」


 ブリルーノは、声を上げた人物に目を向ける。

 角刈りの髪型に、大柄の体を包む服を筋肉が裏から押し上げている。両手持ちの大剣とかが似合いそうな、戦士然とした見た目をしていた。

 ブリルーノは観察を終えると、相手をしていられるかと、視線をストリクトへ向けなおした。


「それで、件の妊婦はどこにいる?」

「貴様!」


 角刈り男性が激高して近づいて来ようとするが、それをストリクトが手を上げて止めた。


「止めぬか。こちらの御仁は、宮廷魔法師筆頭であり、ノブローナ王妃からの遣いである。格でいえば、我らよりも上位の方であるぞ」

「ですが父上。王家の王妃や、王家の犬など!」


 角刈り男の言葉を聞いて、ブリルーノは辺境に住む者がよくやる考え方をしているなと感じた。


(国境に住む貴族は国を守っているのは自分たちだと驕り、国の中央に安然と暮らす王族を下に見ることが多い。そんな考えを俺様の前でするなど、俗人だな)


 ブリルーノが角刈り男への評価を下げていると、ストリクトが怒り顔で角刈り男の頬を拳で殴りつけた。


「宮廷魔法師筆頭殿の前で王家を侮辱するとは、何を考えておる! 死にたいのか、お前は!」

「なにを仰られる! このようなヒョロイ魔法使いに、自分がやられるとでも!?」

「阿保を抜かすな。貴様も戦場で宮廷魔法師の強さは知っているであろう。この御仁は、その筆頭――宮廷魔法師の中で一等に強いのだ」


 ブリルーノは二人の小芝居のような言い合いから目を背け、他の人へと視線を向けた。


「どちらの人の夫人が妊娠しているのか、教えてもらっても?」


 ブリルーノの問いかけに、おずおずと一人が手を上げる。


「ルーグネック辺境伯家が三男、シンザーレ。我が妻が臨月間近であります」


 シンザーレと名乗った男性は、角刈り男の兄弟とは思えないほど、スッキリとした見た目をしていた。

 櫛で整えられた頭髪に切れ長の目がある細面。体つきは健康的な細身。

 辺境を守る戦士というよりかは、舞台上で美麗な戦士を演じる役者のような見た目だ。

 しかし見た目に反して、服の内側には鍛えられた肉体があるんだろうなと、ブリルーノは感じていた。


(手を上げて名乗る際に、体のブレが一切なかった。それに頬や首の肌が日に焼けている点から、外での運動を定期的にこなしていることがわかる)


 このシンザーレは技量でもって相手を圧倒する戦い方をしそうだと、ブリルーノは予想した。


「貴方の奥方か。それならば、案内してくれ」

「それは構いませんが……」


 シンザーレが視線を向ける先は、角刈り男を怒鳴り終えたストリクト。

 ストリクトは、ブリルーノに無視される形になって気分を害した顔をしていたものの、身振りでシンザーレに許可を出した。


「分かりました。ではこちらに」


 シンザーレに案内されて、ブリルーノは屋敷の中を移動し始める。

 その背中に、角刈り男からだけでなく、他の辺境伯家の面々からも鋭い視線が向けられる感覚を得た。

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― 新着の感想 ―
田舎のヤンキーがイキっても気にしない本物… 格が違うって感じでカッコいいわ
政治面での干渉はしないという意味もあって『助産活動以外の余計なことはしない』と はっきりと明言しているのは好ましい話の筈なんだが・・・・なんで怒るんだか
当主が客人と会話してる最中に割り込む方が遥かに無礼だとは思うんだがなあ
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