68話
ルーグネック辺境伯は、他国との国境に領地を持っている。
常に接している国を監視し、侵入者があれば排除し、戦争状態に移行すれば一番に軍を派遣しなければならない。
そうした場所柄から、ルーグネック辺境伯家は独自の軍を持つことと、国家への税金が他の領主よりも低く設定されている。もっともこれは、他の辺境伯家も同様の条件である。
そして幸いなことに、現在起こっている戦争は別の国境上の話なので、ルーグネック辺境伯領は平和な状態である。
(軍と金があるから、独立しようと思えば、すぐにできてしまう。それだからこそ、王家は辺境伯家と友好な関係を保っておきたい)
そういう思惑があるからこそ、ノブローナ王妃はルーグネック辺境伯家に妊婦がいると知って、ブリルーノに助産活動を命じたのだろう。
ブリルーノは、飛行魔法を止めて、ルーグネック辺境伯家の屋敷がある街の門前に降り立った。
堅牢な外壁が築かれてあり、上がった格子戸のある大門の前には、四人の兵士が門番として立っている。
出入りする人の対応は、兵士二人が行う。他二人の兵士は、常に周囲を警戒している。
ブリルーノは彼らに近づき、チェックを受け、街の中へ。
前線に近い街だからか、街道は行き来しやすいように、真っ直ぐに伸びていた。
道を歩きながら脇道に目を向けると、地面の上に物が置かれてはあるものの、そちらも真っ直ぐに道が伸びていた。
(区画整理がちゃんとできているってことは、計画的な街作りが行われているってことだな)
いつのルーグネック辺境伯が街を作ったかは知らないが、その当時の当主はとても優秀だったに違いない。
ブリルーノは道を歩き続けつつ、周囲の建物についても目を向ける。
道行く人達の表情は明るい。他国と国境を接しているというのに、不安そうな顔をしていないということは、現当主も国防の観点からは優秀だということが窺える。
店に並べられている商品の価格に目を向けると、国の端といういわば田舎な立地から考えると、それなりに高い値付けがされているようだった。しかし買い物客から値上げに対する不満が出てないことを考えるに、これが通常の値段のようだ。
(軍事費を充当するために、税金を高く設定しているということか?)
ブリルーノはそんなことを考えながら歩き続けて、ルーグネック辺境伯の屋敷へと辿り着いた。
ルーグネック辺境伯の屋敷は、小高い丘の上に建築されていて、丘の周囲には壁と堀があった。
(街の外壁が抜かれても、この屋敷の壁と堀でもうひと踏ん張りできるという設計のようだな)
その観点でよくよく見てみると、屋敷の周囲には色々な建物があり、その中には砦のような石造りの塔が。丘に植えられている木々には果物が色々と成っていて、籠城中でも新鮮な食料に困ることはなさそうに見える。
いつ戦争が始まるかわからない立地だからこそ、備えは充実しているようだ。
(いけないな。戦争に駆り出されることが多い宮廷魔法師だからって、戦争視点で物事を考えるだなんてな)
ブリルーノは頭を振って、今日の用向きは助産活動だと意識を切り替えた。
ルーグネック辺境伯屋敷の堀の一画。丘にある壁へと続く橋の手前に、兵士が二人歩哨に立っている。
ブリルーノは、その兵士に近づいてから、声をかけた。
「ルーグネック辺境伯へ連絡して欲しい。宮廷魔法師筆頭ブリルーノ・アファーブロが、ノブローナ第一王妃から要請を受け、こちらの宅にいる妊婦の様子を診てくるよう仰せつかったことをな」
ブリルーノが伝えつつノブローナから貰ったリストを出して示すと、兵士の一人が厳しい目つきで言葉を返してきた。
「用向きは理解した。だが本日中に返事はないであろう。どこに宿を取っているかを、お聞きししても酔いだろうか」
「まだ宿はとっていないのだが、お勧めがあれば聞きたい」
「それであれば、あちらにある宿――微睡む獅子亭はどうであろうか。当家に訪れた貴族方の、余剰使用人たちが泊まる宿である」
「余剰使用人?」
「当家に泊まる際に、連れて入れる人数には限りがあるのだ。その限りを越した人たちは、どんな理由であろうと中に入ることはできんのだ」
「なるほどな。参考になった。では、その宿に泊まらせてもらうことにしよう」
ブリルーノは場を離れようとして、あることを思い出して足を止めて兵士に向き直る。
「これは答えなくて構わないが、あの屋敷にいる妊婦はどなたなのか。辺境伯の夫人と考えてよいのか?」
「……街の住民に聞けばすぐわかることだから教えよう。当主の息子夫婦の奥方だ。ただし、当主の子の内、誰が後継者なのかが決まっていない状況だ」
「後継者が決まっていない? じゃあその息子夫婦が、次の辺境伯とは決まってないと?」
「ルーグネック辺境伯家は、国境の要の一つ。当主となる方の能力はもちろんのこと、次代に血を残せるかも重要な点である」
「つまりは、生殖能力があることを証明できなければ、どんなに有能であろうと後継者として認めては貰えないってことか。分かった、情報助かった」
ブリルーノは、今度こそ兵士たちから別れ、宿屋への道を進んだ。後継者争いがありそうな雰囲気を感じながら。




