6話
出産を無事に終えて、ドメジーナの部屋の中はお祝いムード一色になっている。
「ふふっ。このくしゃくしゃの顔が可愛らしいわね」
「そうでしょう。この顔を見て、大変な出産を終えた後だというのに、二人目三人目が欲しいと思う母親は多いのです」
「うわわー、手ちっちゃい。指なんて、櫛の毛じゃないかと思う細さですよ」
「生まれたばかりなのに眉がしっかりと。ご意思が強そうな方に育ちそうですね」
和やかに赤ん坊を囲む面々を見ながら、ブリルーノは退室しようと足を動かそうとした。
その直後、ドメジーナに呼び止められてしまった。
「どこに行かれるのです。今回の功労者だというのに」
「俺様は役目を終えたからには、速やかに後宮から立ち去るべき存在だからな」
そう言葉を残して去ろうとするが、一歩踏み出す前に、今度は老婆に腕を掴まれてしまった。
「なんだ?」
「宮廷魔法師殿。貴方は、腹の子に対する魔法の扱い方を知っておるようだな?」
「救命救急法といいう書物にあった注意書きと、寄生型魔物への回復魔法実証報告を読んだ。それらの応用だ」
「救命救急の本は知っておるが、寄生魔物とやらは知らぬな。それはどんな内容だ?」
「ざっくりと要約すると、母体に回復魔法を施すと、寄生型魔物も活性化する。最悪、母体の体を突き破って魔物が出てくる」
「ほほぅ。それはなんとも興味深い」
ブリルーノが質問に答え終えても、老婆は手を放そうとしない。
「まだ何か?」
「お主を、第一王妃様のところに連れて行く」
「……なんだって?」
ブリルーノが聞き間違いかと問い返すと、老婆はもう一度はっきりと言葉を口にしてきた。
「お主の魔法で、第一王妃様の出産の手助けをせい。実績は、ドメジーナ様の出産後のお姿を見れば、十二分だ」
「おいおい。第一王妃には、多数の医者やら魔法使いやらが侍っているはずだ。俺様が出張る意味はないだろ」
「医者はともかく、あの魔法使いどもは役に立たん! 力強くいきんだ方がよいだろうと、身体強化魔法をかけようとしおったのだ!」
「あー、それは悪手中の最悪だな。体全体を強化すると、腹の中の赤子にまで魔法がかかる。暴れて腹を突き破ってでてきたりしかねない」
「それだけならば、未だましよ! 強化の度合によっては、強化した腹の筋力で赤子が押し潰れてしまうだろうし、強化した体に赤子が耐えられない可能性だってある!」
そういう道理を弁えていない連中しかいないのだと、老婆は憤る。
「そんな使えない魔法使いどもとはうってかわり、お主は魔法の使いどころを弁えておる。だから手伝え」
老婆がブリルーノの腕を握る力は強く、要請を受け入れるまで手放す気がないことが伝わってくる。
「俺様に頼らねばならないほど、第一王妃の出産は厳しいのか?」
「詳しい事はこの場では言えんが、もう半日も膠着すれば、母か子かと選ぶことになりかねん」
つまり、どっちかの命を助けるために、どっちかを殺さねばいけない事態になりかけているということ。
そういう事情を知ってしまい、ブリルーノは見捨てることに罪悪感が生まれてしまう。
「……分かった、連れていけ。ただし、俺様が働けるよう、そっちで話を付けろ。それが条件だ」
「母子の命が共に助かるのであれば、この老骨の腕でも首でもかけるともさ。さあ、いくよ!」
老婆に引きずられるようにして、ブリルーノは部屋を出る羽目になる。もちろん退室の際に、部屋の遮音魔法が継続するように組み直しつつ、幸せそうに赤子を抱いたままのドメジーナとその傍らにいる侍女頭にアージェリナへ一礼しておくことは怠らなかった。




