64話
ブリルーノの魔法と料理で、フラシオンの体調は素早く健全な状態まで回復した。
出産が終わり、妊婦の体調も戻った。
ブリルーノは助産任務を終える判断をしても良いはずだったが、一週間だけプリパル伯爵家に通うことを続けた。
その理由は、プリパル伯爵家当主であるパザンプが、またぞろ赤子を養子に出さないか監視するため。それに加えて、本来禁止されている胎児や赤子への魔法の行使をしたため、その影響がないかを見極めるため。
しかし、このブリルーノの用心は、無駄骨に終わる結果になった。
ブリルーノが自宅に帰っている間に、パザンプとフラシオンの間で話し合いが終わったようで、四つ子の末子はフラシオンが養育することで決着したらしい。話し合いがついた翌日に、パザンプの片目の瞼が思いっきり腫れていたことが、話し合いの激しさを物語っていた。
肥育の魔法を使った赤子に関しても、ブリルーノが懸念したような、魔法を受けた後遺症はないようだった。
魔法の影響が残っていて成長が早くなっている、なんていう事実はなかった。
仮に魔法が未だに赤子の中に残っていたのなら、赤子の魔力も魔法行使によって動くはず。
だが、その変化はない。
つまるところ、今後この赤子は他と同じような成長速度で育つということ。
だが、楽観視するわけにはいかない。
産まれた直後に肥育の魔法を受けた赤子など、他に例がない存在だ。
成長を経るに従い、何らかの問題がおきないとも限らない。
しかし問題が起こるまで、ブリルーノがこの家に関わるわけにはいかない。
宮廷魔法筆頭には、次の仕事が待っているのだから。
「よくよく観察しておいてくれ。普通じゃない変化があれば、すぐに宮廷魔法師に知らせろ。今回のことは王家から宮廷魔法師が受けた仕事だ。仮に俺様が宮廷魔法師でなくなっていたとしても、他の宮廷魔法師が後を引き継いで問題解決に動くはずだ」
「ありがとうね、ダンナ。そういう事が起こったら、必ず相談しにいくから」
ブリルーノとフラシオンの関係は、助産活動を命じられた宮廷魔法師と、その魔法で救われた母親と赤子。
赤子の体に魔法の後遺症に問題が起こることがなければ、これから先の人生で交わることのない間柄。
ブリルーノは注意事項を伝えたからとあっさりと立ち去ろうとし、フラシオンも恩を感じつつも一礼で見送ろうとする。
しかしそこで、赤子の声が響いた。
「あうーー! あうううう!」
去ろうとするのを呼び止めるような声に、ブリルーノの歩みが止まる。
そしてブリルーノは、薄く笑みを浮かべながら、声を上げる赤子の額に指を置いて撫でた。
「俺様はお前とは赤の他人だ。呼びかける相手を間違えているぞ。だがまあ、元気に育て」
ブリルーノは、その言葉で義理と役目は果たし終えたと判断して、背を向けて歩きだした。
赤子は先ほどと同じ声を上げるが、ブリルーノは振り返ることなく歩きつづける。
「……まったく。助産活動なんて、俺様にやらせるんじゃない」
ブリルーノは吐き捨てるように言葉を口にしたが、その表情はまんざらでもなさそうな笑みが浮かんでいた。




