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5話

 ブリルーノがドメジーナに使っている魔法は、痛みという刺激を別の感覚へ誤認させて減少させるもの。

 そのため現在のドメジーナは、ブリルーノの魔法によって、陣痛の痛みは多少残りながらも、楽しいという感情が増幅されている状態になっている。


「――ということがあったんですよ。笑ってしまうでしょう」


 楽しい気持ちが高すぎるためか、まるでお茶会で親しい友人に語りかけるように、ドメジーナの雑談は止まらない。

 ブリルーノは、これは魔法がちゃんと効いている証拠だと考え、半ば話を聞き流しながらも相槌を打つことだけは忘れずに行うことにしていた。

 そうやって雑談を続けていると、ブリルーノはドメジーナのある変化を視界に入れた。

 ドメジーナは今までベッドに真っ直ぐに寝ていた。

 それなのにドメジーナの膝が上がり、体にかけられているシーツを内側から押し上げている。

 喋り続けているドメジーナは、自分の足を動かしている自覚がないのだろう、シーツの内で膝を曲げた姿のままを続けている。


(魔法で脳に届く痛みを別の感情に紐づけようと、体自体は痛みを感じたまま。それ故に、体が自然と痛みを感じにくいように、もしくは痛みの原因を取り除きやすい体勢を取ろうとしているのだろうな)


 魔法に関係する興味深い事象だと、ついついブリルーノは考えてしまう。

 そうしてブリルーノが他所事を考えたのが、ドメジーナに伝わったようだ。

 ドメジーナは、ブリルーノに向けていた顔を自分の体へと向け、そこで初めて自分が膝を曲げた体勢で寝ていたことを自覚したようだ。


「あら私ったら、はしたない恰好で」


 ドメジーナは羞恥で顔を赤くすると、再び真っ直ぐの体勢で寝直そうとする。

 それをブリルーノが言葉で止めた。


「いえ、体勢はそのままで。その姿の方が楽だと、貴女の体が判断したのだろうからな」

「そ、そうなんですか? では、恥ずかしいですが、このままで」


 ドメジーナは頬を染めた顔のまま膝を曲げた体勢を保ち、ブリルーノとの雑談に戻った。

 それから少し経ち、ブリルーノが第一王妃ノブローナの様子を見に行かせたアージェリナの戻りが遅いなと考えていると、急にドメジーナが困惑した顔になった。


「どうかしたか? もしや痛みが増したとかか?」

「いえ、その。お腹の中が変に動いたような感覚が」


 ドメジーナ自身、その感覚がなんなのか分かっていない様子だ。

 二人して疑問顔を浮かべていると、側で見守っていた侍女頭が、まさかという表情になる。

 侍女頭は「失礼」と言葉を告げてから、ドメジーナのシーツを捲って中を覗き込んだ。そして覗き込んだまま、悲鳴のような大声を上げた。


「ドメジーナ様! 大変です! お子様が!」

「なに、どうしたの。赤ちゃんがどうしたの!?」

「頭が出てきています! もうお生まれになられそうです!」

 

 その報告に、ドメジーナは呆けた顔になり、そして慌て始めた。


「え、そんな! まだノブローナ様が出産なさってないのに、困るわ!」

「そう申されましても! ああ、もうどんどんと出てきて!」


 慌てふためく二人とは違い、ブリルーノは冷静だった。


「生まれそうなら、そのまま生まれさせてやればいいだろう。むしろ、変に生まれることを阻止すれば、逆に子と母体に良くないと考えられる」


 ブリルーノの判断は真っ当だが、ドメジーナは出産より気がかりなことがあるようだった。


「しかし、このままではラゴレフケトラス様の第一子が、この子になってしまいます!」


 王の初子というのは、国の内外で大きな存在になる。

 第一王妃のノブローナの子であれば、彼女の生家という名門かつ権力を持つ家の後ろ盾があるため、盛大に喜ばれ守られることだろう。

 しかし第三王妃ドメジーナは、彼女が国王に愛されているという以外は、とりたてて権力も後ろ盾もない存在だ。そんな女性の子が王の第一子となれば、様々な軋轢が生じることは想像し易い。

 ドメジーナの抱える危惧は理解できるものの、ブリルーノは問題ないと判断した。


「ならば、その腹の子が生まれたのは、第一王妃の子の後だと言えば良いのだ。いままで周囲に妊娠をひた隠しにできていたのだから、そう難しいことはないはずだ」

「ですが赤子は、腹から出たときに大きな泣き声を上げると」

「遮音の魔法を部屋にかければいい。そうすれば赤子の泣き声が外に漏れることはない」


 二人が押し問答をしていると、部屋の扉がノックされた。


「アージェリナです。お医者様を一時的に返していただけました。ただし、短時間だけといいう約束です」

「丁度良かった。待っていましたよ、入りなさい」


 侍女頭が許しの言葉を放つと、アージェリナと医者の衣服を着た老婆が入ってきた。

 老婆は、ベッド脇に部外者のブリルーノがいることに目を丸くしたようだったが、侍女頭がドメジーナの股の間を指しているのを見て、優先順位を決めたようだ。


「ドメジーナ様。失礼いたしますよ」


 老婆医師がシーツを豪快にめくり上げ、さらにはドメジーナの服の裾まで大きくめくり上げる。

 その老婆の行動でドメジーナの白い太腿が見えた瞬間、ブリルーノは視線を横に外した。あのまま見ていたら、ドメジーナの股間が目に入ってしまいかねなかった。

 老婆は、ドメジーナの現状を見て把握できたようで、股間を覗き込んだ大勢のままで言葉を口にする。


「ドメジーナ様。大きくいきりなさい。御産みになるのです」

「で、ですが、ノブローナ様の子がまだ」

「あちらは、まだまだ時間がかかります。このわたしめが、ここに居られる間に済ませてしまいなさい。そうすれば、生まれた直後の御子の処置も可能なのですから」

「魔法で遮音する。部屋の外に声は盛れない」


 ブリルーノが老婆の援護をすると、ようやくドメジーナは出産する決意を固めたようだ。


「分かりました。ううぐぐぐぐいいいいい~~!」


 ドメジーナは歯を食いしばり、顔を紅潮させて、力いっぱいに腹筋を使う。そして限界までいきんでかから、呼吸休憩を挟み、二度三度と繰り返し力を入れていく。


「うぐぐぐぐぐ! ふうふう。うぐうぐぐぐううう!」

「おおお! もう顔が見えてきました! あと少し!」


 老婆の言葉を受けて、ドメジーナは更にいきんだ。

 すると、引っかかっていた場所が外れたかのように、ずるりと赤ん坊が出てきた。

 その途端、大きな泣き声が、赤ん坊の口から吐き出された。


「あああああぎゃあああああああああ!」


 耳をつんざく大声に、ブリルーノは魔獣の咆哮のようだと眉をしかめる。

 しかしブリルーノ以外の面々は、泣き声を上げ続ける赤ん坊へ愛しみの視線を向けている。

 老婆は、何時の間にやら用意していた真新しいタオルで赤子を吹き上げると、別の新しいタオルで赤子をくるんだ 


「ドメジーナ様。元気な男子おのこでございますよ。ささ、抱いてやって、乳を含ませてやってくだされ」


 差し出された赤子は、タオルにくるまれて安心したかのように、もう泣き声を上げていない。

 ドメジーナは、未だにへその緒が繋がったままの赤ん坊を腕に抱き、その顔を覗き込む。


「これが、私の赤ちゃん。生まれてきてくれて、ありがとおおおおおおお」


 言葉の途中で、ドメジーナが感極まった様子で泣き始める。

 老婆も侍女頭もアージェリナも、尊い出産シーンだと目に涙を浮かべる。

 しかしブリルーノは、この大袈裟な喜びようは痛みを喜びに変換したままだからだろうと考えて、こっそりと誤認識させる魔法を止めておいた。


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― 新着の感想 ―
赤ちゃん出産の喜びようがどこかプロレスっぽさを感じて笑ってしまった。
痛覚を誤認させるのは使い方を間違えたら危険でしょうがこういう場面では大活躍ですねえ 無事の出産おめでとう!
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