50話
ブリルーノは、産婆の話を聞いた翌日に、プリパル伯爵家へやってきた。
訪問理由については、フラシオンの健康状態を診るためとした。
その理由だからか、今日は執務室に案内はされず、フラシオンの私室へと通された。
「奥様。奥様の体調を診に、宮廷魔法師筆頭殿がお見えです」
家の執事がノックすると、パタパタと足音が聞こえ、そして扉が開かれた。
「いらっしゃい。体を診てくれるってことだね。入って入って」
カラッとした笑顔で、フラシオンが部屋の中に招き入れようとする。その服装は、昨日に着ていたものと同じ――流石に同じデザインの物であって、昨日と同じ衣服ではないはずだ。
ブリルーノは、それならと中に入る。その際、執事の横を通り過ぎるとき、その執事が呆れ顔だったのが印象的だった。
フラシオンの部屋は、以前に訪れたときと同じように、かなり小ぶりなものだ。
ブリルーノは、椅子が部屋にないことを察すると、フラシオンにベッドに腰かけさせた。
「それじゃあ、少し体調を診させてもらう」
ブリルーノは言いながら、チラリと扉へと目を向ける。
てっきり、そこに執事が待機していると思いきや、開け放たれた扉があるだけだった。
貴族の婦人と面会する場合、面会する両者が変な関係でないことを証明するため、立会人を設けることが貴族社会での一般常識だ。
その常識に反する行動を執事が取っていることに対して、ブリルーノは内心で鼻白む。
(万が一、俺様とブリルーノが床を共にしても、ブリルーノは妊娠しているから俺様の子は孕めない。だから監視する必要はないと考えているんだろうな)
昨日に面会したパザンプは、フラシオンのことを下に見ている――今年に複数の子供を産む以外の役割を期待していない節があった。
むしろ、フラシオンが出産後に死んだ方が、後妻を入手できるから良いと考えている様子だった。
だから、この場でブリルーノとフラシオンが不倫関係になれば、パザンプにとっては離婚理由ができて万々歳といったところだろう。
(もちろん離婚するのは、出産後かつ産まれた子供を全て取り上げた後でだろがな)
ブリルーノは、見下げ果てた考え方だと心の中で唾棄してから、フラシオンに改めて意識を向ける。
「とりあえず問診からだ。昨日に聞いたものの繰り返しになるが、現在体調面に不安があったりしないか?」
声をかけつつ、ブリルーノはフラシオンの見た目に気を配る。
「昨日の今日で、あまり大差はないね。母様のいいつけで、運動するのに苦労するぐらいだよ」
苦笑いを見せるフラシオンの、その顔色は良い。表情に疲れが残っている様子もない。
「どっちの母だ? それと運動とは?」
「ウチの実家の方の母様だよ。腹に子がいるからって怠けていると、筋肉が減って出産するのが大変になるからってね。屈伸運動と背筋運動は欠かさずにやれって言われたのさ」
どんなものかを、数回ずつ披露してくれた。
屈伸運動は、ガニ股になって出来るだけ深く腰を落とし、そして太腿の力で立ち上がることを繰り返すようだ。体勢を崩して転倒しないように、膝に手を置く補助を使うやり方だ。
背筋運動は、軽く足を開いてから膝を少し曲げた状態で、お辞儀するように上体を前に倒す。そしてゆっくりと上体を戻していく。膨らんだ腹の重さがあるため、なかなかに背中の筋肉を使いそうな運動だった。
「こんな感じだよ。なにか、この運動に問題があったりするかい?」
「悪いが、俺様は騎士ではなく宮廷魔法師だからな。運動や筋肉については詳しくないんだ」
門外漢だからと是非の判断をすることはしなかったが、ブリルーノ個人の感想としては、筋肉を維持する運動をすることは悪くない行動だとは感じた。
なにせ出産は大変な体力勝負であるという事実を、ブリルーノはこれまでの出産立ち合いで掴んでいた。妊婦が妊娠中に運動を続けて体力と筋力を高水準で保っていたら、出産は比較的楽になることは間違いないだろうと感じる。
それになにより、屈伸と背筋運動のお陰なのか、フラシオンの腰回りはガッシリとしていて安定感がある。
腹に三つ子ないしはそれ以上の胎児がいるにもかかわらず、フラシオンの身動きに不安感がないのは、その安定感があるためだろう。
こうした問診を経てブリルーノは、フラシオンの体調は問題ないと判断した。
「それじゃあ、今度は魔力視で腹の子の様子を見せてもらう」
「魔力視、ってのはなんだい?」
「人の体には、大小はあるが、必ず魔力がある。そこで、特殊な魔法を俺様自身の目にかけて、その魔力を見れるようにするんだ」
そう説明しても、フラシオンは今一理解できないようだった。
「その魔力視ってのをすると、本当に腹の中の子が見えるのかい?」
「自分と他者の魔力の質に違いがあるように、フラシオンと胎児とでも質が異なる。その違いを探れば、腹の中にいる子の魔力を見ることができる」
「へぇ、そうなのかい。ちなみに、その魔法って――」
「妊婦に魔法は厳禁だからな。フラシオンにかけるわけにはいかない」
ブリルーノが先んじて釘を刺すと、フラシオンは仕方がないと肩をすくめた。
「出産の前に子供を見れるかと思ったんだけどねえ」
「残念がるな。俺様がちゃんと見て、様子を教えてやる」
ブリルーノは早速魔力視の魔法を使い、フラシオンの腹の中を見てみた。
フラシオンの腹。そこを流れる魔力の内側に、別の魔力が確認できた。
見えやすい場所に、一つ、二つ。
それら二つの奥に、さらに一つ。
それで終わりかと思いきや、かすかにまた別の魔力が見えた。
ブリルーノはフラシオンの横へと回り込み、四つ目の魔力を再確認。
すると他三つと比べて弱々しい魔力だが、たしかに四つ目の魔力が確認できた。
(チッ。三つ子じゃなくて、四つ子だったのか。そして、四つ目の魔力が他三つに比べて弱いのは、魔力量がもともと少ないからか、栄養不足で死にかけているからか……)
死にかけの胎児がいるにしては、フラシオンの見た目から窺える体調に問題はない。
ならば、四つ子だという事実はおしえないまま、問題がでてくるまで経過観察に努めるべきだろうと、ブリルーノは判断した。
不安な材料が増えたものの、やるべきこ徒は変わらないと、ブリルーノは不安感を意識の外へと追い払った。




