46話
パザンプの思惑は分かった。
それならと、ブリルーノは出産する当人であるフラシオンに話を聞くことにした。
執事に案内されて移動した先は、貴族の当主夫人が済むにしては狭すぎる部屋だった。
ベッド一つとベッドテーブル一つ、そして衣装箪笥一つで、部屋の容量は満杯だ。
フラシオンは、そんな部屋の中にあるベッドに横たわっていた。
「おや。旦那様との話が終わってここにきたってことは、なにか聞きたいことでもあるのかい?」
大きく膨らんだ腹を抱えながら起きようとするのを、ブリルーノは手で制して止めた。
「寝たままでいい。いまどんな調子かを教えてもらいに来ただけだからな」
「そうかい。そういうことなら、寝転がせて貰おうかね。流石に腹の中に三人もいると、起き上がるだけでも一苦労だからねえ」
フラシオンがベッドに寝直したのを見てから、ブリルーノはベッドの横に歩み寄った。
「腹が重たい以外に、なんらかの体の異常を感じるか?」
「猛烈に腹が空くんだけど、お腹がこの通り一杯だからね、あまり量を食べられなくて難儀しているよ」
「腹が空くのは、腹の子に栄養を取られているからだろう。量が食べられないのなら、栄養価の高いものを一日に何回も食べればいい。魔物に腹を貫かれて胃の大半を失ったある騎士は、一度の食事では量がはいらないからと、ことあるごとに飯を口にしていたらしいからな」
「騎士家でよく聞かされる、おとぎ話の中の、おやつ騎士の逸話だねえ、それは。もしや、あんたも騎士家の出身なのかい?」
「俺様は読書家でな。魔法を創作する役に立つかもしれないからと、色々な寓話や逸話も読み込んでいるだけだ」
「そうなのかい。では助言通りに、ちょこちょこと食べるようにしようかね。まあ、こんなに腹の子が育っているから、やるのが遅いかもしれないけどね」
「いいや、食べておけ。小食な兵士は、大食いの兵士に比べて、怪我をしたときに死にやすいという統計がある。疲労や怪我の回復が遅いのが理由らしい。妊婦に当てはめて考えれば、出産後の体調回復に、食事量は関係すると見るべきだ」
「そいつは初耳だね。食事は大切に取ることにするよ」
会話の中で、ブリルーノはフラシオンの顔色や体つきを確認していく。
血色は悪くない。しかし三つ子に栄養を取られているのは本当にようで、頬がこけていて、手足の筋肉も細くなっているように見えた。
しかし直ちに命に関わるほど栄養状態が悪いようではない。
(パザンプの企みを考えたら、フラシオンには無事な赤子を産んでもらわないといけないんだ。フラシオンに取らせる食事には十二分に配慮していたと考えていいだろう)
ブリルーノは一人納得すると、話題を変えることにした。
「初産で三つ子だろ。なにか不安になっていたりはするか?」
「無事に出産し終えるかって、不安といえば不安だね。でも母で手紙で聞いた限りじゃ、うちの血族の中には三つ子を産む人なんてよくいるし、先祖には四つ子とか五つ子とか産んだ人もいたらしくて、不安に思う必要はないってさ」
「四つ子五つ子って、本当なのか?」
「五つ子の方は、うちの直系の五代前のご先祖様だから本当だよ。出産直前の裸婦姿を、絵師に描かせて残してあるんだよ。この腹が可愛いと思えるぐらいに、ものすっごく大きなお腹をしている絵だったよ」
「五代前の絵ってことは、もしかして代々騎士の家なのか?」
騎士の爵位は一代きり。
しかし、その騎士爵の子が騎士になった場合に限り、家の名前と共に貴族位が継承される。
これは、貴族の家のように家格や特権が継承されるというものではなく、別の騎士位を作る書類作業よりも既にある騎士位を別の人に移行する方が楽だという事務的な理由から。
加えて騎士の家名の中には、現在継承者が断たれてしまった名前も沢山あるのだが、新たに騎士になった者にその名前の一つが与えられることが往々にしてある。これも事務手続きを簡便化する方策の結果である。
以上のことから、家名が同じでも何十年前の騎士家と今の騎士家では血縁がない、なんて事例もよくある。
そうした騎士の家名の移り変わりの事情を知っていれば、騎士位なのに何代も同じ家名が同じ血族下で続いているということは、それなりに珍しい事例といえた。
(多産の血筋という話だからな。騎士の爵位を得られる才能がある人物が現れるまで、産み続けているのだろうな)
同じ血族で家名を守るために、その裏では何人の人物が騎士になれずに生涯を閉じることになったのだろうか。
(そして、自分の子でも騎士になれないのなら無価値という意識が強い家で育ったからこそ、これから産む子を他の家に売り渡すことにも同意しているんだろうな)
ブリルーノは、そう結論を先に出しつつも、あえてフラシオンに事情を聞くことにした。
「先ほど、産んだ子の内、一人を残して他家に養子に出すと聞いた。それは本当のことか?」
「本当だし、納得しているよ。養子に出した方が、きっと良い人生を遅れるだろうからね」
「養子先の家で、どう扱われるかを知っていると?」
「第一王妃様の子と繋がりを持つために同年代の子が必要なんだってさ。つまり送り出した子は、王子様とお友達になるための子ってことさ。そんな重要な子を、下手に熱かったりはしないだろうってね」
フラシオンの見立ての正しさに、ブリルーノは称賛する気持ちが湧く。
しかし同時に、送り出す子の立場の危うさが見えていないことに、残念な気分になる。
養子になった子の役割は、フラシオンが語った通りに、第一王妃様の子であるジャンルマと親しくなること。
逆に言えば、ジャンルマと仲良くなれなければ、養子の子は存在理由を失うことになる。そして存在理由がなくなってしまえば、養子先の家から追放される未来しかない。
(そうして果ては、貴族崩れの犯罪者が出来上がるってわけだ)
ブリルーノは宮廷魔法師の任務として、貴族の血縁者が犯罪者となってしまった際の討伐を任された経験がある。
平民の警邏や貴族家の私兵が討伐してしまっては、その犯罪者貴族の血縁が出張ってきて騒動になる可能性が生まれる。
そこで宮廷魔法師という王家直轄の部隊が討伐することで、王家の威光の前に犯罪者の血縁貴族が出てくるのを防ぐ狙いがあってのことだった。
だからブリルーノは、ああした罪を犯す貴族崩れを将来作りそうなプリパル伯爵家のやり方を、あまりよく思えない。
(とはいえ、これは別の貴族家の問題。俺様が気にするべきは、三つ子の出産という珍しい体験を通して、助産に使える魔法の選定や創作だ)
ブリルーノは、内心では溜息を吐きたい気持ちになりつつも、フラシオンの体と心に問題が生じていないかを会話を通して探り続け、現時点では問題はないと判断を下したのだった。




