44話
王都にある貴族街には、基本的に伯爵家より上の貴族位の家しかない。
では男爵以下の貴族たちは、王都に屋敷を持つことができないのかというと、そうでもない。
男爵以下の家でも、並の伯爵家よりも多大に稼いでいる場合は、貴族街に屋敷を構え得ることが可能だ。
そして貴族街でない場所であれば、どんな貴族でも家を持つことはできる。
では、ブリルーノが向かうことになった、プリパル伯爵家の屋敷はどこにあるのか。
伯爵家であるからには貴族街にあるべきだろう。それなのに、プリパル伯爵家の屋敷は男爵以下の貴族家や金持ちの平民が暮らす区域に存在していた。
ブリルーノは、手にある指令書を再度確認して、目の前にある屋敷――いやさ大き目の家が、プリパル伯爵家の家屋で間違いないと確信した。
(なんというか、周囲にある家に比べても、あまり良い家とは言い難いな)
門構えもない、小さめの土地でも居住空間を増やすために三階建てになった建物。古ぼけた外見はしているものの、ちゃんとした工法で建てられた家であることは見てわかる程度には、立派な造りで建てられた家屋だ。
これが男爵以下の貴族の住処であるのならば、ブリルーノは疑問に感じなかったことだろう。
しかし、仮にも伯爵位の者が済むにしては、相応しいとは言い難い家であることも確かだ。
(俺様が思い出した通りに、ある侯爵家が領地に置く代官の名義としてプリパル伯爵家を雇っているのならば、王都の貴族街に居を構えるぐらいの報酬は貰っていて当然だと思うのだが)
腑に落ちない気持ちを抱えたまま、ブリルーノはプリパル伯爵家の家屋の扉を金属製のノッカーで叩いた。
少しして扉の覗き窓が開き、そこから初老の男性と思わしき目元が現れた。
「どちら様で?」
その誰何に対して、ブリルーノは指令書を掲げてみせた。
「ノブローナ王妃より、この家に派遣されてきた者だ。当主夫妻は在宅か?」
「……少々お待ちを」
覗き窓が閉ると、ガチャガチャと開錠の音が響いた後に、扉が開かれた。
露わになったのは、覗き窓から見えた目元の通りに、六十歳は超えて居そうな老人。この老人は、この家の家令か執事か、仕立てのよい礼服に身を包んでいた。
「どうぞ中へ」
「この紙に書かれた内容を詳しく見てからじゃなくていいのか?」
「文章を把握せずとも、王家の印が押されていることで十分と判断しました」
そういうものかと納得して、ブリルーノはプリパル伯爵家の家に入った。
建物の壁も床も、使用を続けてきた経年劣化が見え、ところどころの色が削れて薄ぼけた色味になっている。玄関から入ってすぐの場所に上への階段があり、その踏板も足を乗せる部分の色が剥げて地肌が丸見えになっていた。
かなりの使い込み具合ではあるが、しかし壊れたまま放置されている部分は確認できない。
(伯爵家としての体裁が整っているとは言えないものの、日常生活で使う分には問題ない感じだな)
建物について評価しながら、ブリルーノは老人に案内されるまま、一階の奥へと進んでいく。
「こちらが、旦那様の執務室になります」
老人は場所の説明を終えると、執務室の扉を手袋を付けたてでノックした。
「旦那様。王家からの遣いの者が来ております」
「王家!? 入って貰いなさい!」
根耳に水といった様子の声が、扉の向こうからやってきた。
(話が通ってないのか?)
ブリルーノは訝しみながら、老人が開けてくれた扉を潜って、執務室の中へ入った。
執務机の向こうに座っていたのは、福々とした肉体を持つ、三十歳を超えて四十歳に届きそうな男性。冴えない顔立ちと、流行遅れの仕立て方で作られた服を着ていることもあって、うだつが上がらなさそうな感じが強い。
ブリルーノは、そのプリパル伯爵らしき人物へとズカズカと近づいて、指令書を掲げて見せた。
「この家に出向することとなった。対象は、この家にいる妊婦だ」
「妊婦というと、妻のフラシオンのことでしょうが。失礼ですが、そちらを読ませていただいても?」
「ああ、確認してくれ」
ブリルーノが指令書を預けると、プリパル伯爵らしき男は書面にある内容に目を通し始める。
そして目の動きが書面を上から下までなぞった後で、悩むような仕草をする。
「これは、王家が出した書状に間違いなく、派遣先も当家で間違いない。しかしながら、貴方が派遣されるような覚えがないのですが?」
「貴方になくとも、奥方にあるかもしれないだろ」
「……ふむっ、そうですな。呼び出すとしましょう」
プリパル伯爵が手を振ると、先ほどの老人が扉を開けた状態のまま何処かへと向かっていった。そして間をさほど置かずに戻ってきた。
「旦那様、奥様をお連れいたしました」
老人が場所を空けるように横にずれると、大きなお腹を抱えるようにして、一人の女性が入ってきた。
長い髪をまとめずに放置し、衣服は貫頭衣のような着るのが楽なもので、足元は靴ではなく底の薄いサンダルをはいている。
そして女性の肉体は、並の男性と比肩しそうなほどの高身長で、肩幅も腰回りもしっかりとした骨格を持っていた。
膨れた腹を除外して、ぱっと見た印象を語るのならば、伯爵の妻というよりも女性騎士といった感じだ。
「どうしたんだい、あんた。書類仕事中に呼び出される覚えはないのだけど?」
その蓮っ葉な言い方と態度は、貴族の夫人らしからぬもの。
ブリルーノが女性の身元を不審に感じていると、プリパル伯爵が弁明するように声をあげた。
「あちらが、妻のフラシオンです。妻は騎士爵の子として生まれたため、少々言葉遣いが荒い点があるのです」
ブリルーノは、伯爵が騎士爵の子を妻にするなんて聞いたことのない事態だったが、ともあれ説明は理解したと身振りで伝えてから、フラシオンに向き直った。
「仕事を始める前に、いくつか質問したいが、いいか?」
「ああ、構わないよ。なんでも聞いてくんな」
「貴女は、ノブローナ王妃と会ったことがあるか?」
「いいや、ないね。この口調と態度が問題だって、ウチのダンナは王城のパーティーに連れてってくれないんだ。王妃様なんて、見たことすらないさ」
「俺様がこの家にやってきたのは、その王妃の計らいがあったからだ。その理由に心当たりは?」
「全くないね。ウチの友達にも、王妃様と繋がりがありそうな人は、ちょっと思いつかないねえ」
「では最後の質問だ。その腹の中には、何人の赤子が入っている?」
ブリルーノが示したのは、フラシオンの大きく膨れた腹。
その大きな胎は、確実に妊婦であることを示しているが、それにしても腹の出方が大きすぎた。
ブリルーノが目にした妊婦は三人。
フラシオンの腹は元の体格が大きいことも合わさって、あの三人に比べて倍以上の大きさに見える。
このブリルーノの疑念が当たっていることを教えるように、フラシオンが疑問に対する返答を口にする。
「見てくれた産婆が言うには、三人いるみたいだね。どの子も元気に育っているそうだよ」
その言葉を聞いて、ブリルーノは理解した。
三つ子を孕んだ貴族の妊婦。
その珍しい事象のために、フラシオンはノブローナ王妃に目を付けられたのだ。
ブリルーノの魔法を使った助産活動の醸成に役立つだろう、という思惑で。




