43話
ブリルーノは、アミーコジ永代公爵家での仕事を完遂した翌日に、別の貴族家へと助産活動に向かうようにという指令を書面で受けた。
「ノブローナ王妃め。少しは休ませろというんだ」
ブリルーノは愚痴りつつ、まずは宮廷魔法師の詰め所へ。
どうやら宮廷魔法師は全員が出払っているようで、部屋の中には誰も居ない。
(一人は必ず王城に居るのが決まりだ。その一人は、王族の誰かに呼び出された、きっとトイレに行っているんだろうな)
ブリルーノがアミーコジ永代公爵家にいた間に、宮廷魔法師たちがどんな活動をしたのか。
その話を聞こうと思ったのにと、あてが外れたことにブリルーノ肩をすくめる。
仕方がないので、詰め所の黒板へと向かい、ブリルーノの名前が書かれた欄の場所に、これから向かう新たな貴族家の名前を書き入れておくことにした。
「プリバル伯爵家王都屋敷、っと。永代公爵家から一気に家格が下がったな」
伯爵位は、貴族階級の中で真ん中に位置している。そのため、伯爵家に対して、家格が一気に下がったと評するのは正しくないように普通は感じるだろう。
しかし、ブリルーノが伯爵家の出身であることと、このモナート王国における伯爵位とはどういった物かを考えれば、決して間違いとは言い切れない考えでもある。
この国の貴族位には、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵がある。
そして公爵は、王族が臣籍降下際に与えられる爵位で当代限りであり、功績を打ち立てて永代公爵家になることは稀である。そして騎士爵は、役目に付随する爵位のため、こちらはどうやっても永代化できない爵位であり、騎士爵は貴族ではないと主張する貴族もいたりする。
ともあれ、子に爵位継承ができる貴族位は、侯爵、伯爵、子爵、男爵の四つ。
その四つの爵位を二つずつに区分し、侯爵と伯爵を上位貴族、子爵と男爵を下位貴族としている。
そして王家から重臣や王城での役職者として取り立ててもらえるのは、公爵家と上位貴族の特権となっている。
ここまでを知って、伯爵家って重臣になれる凄い貴族なんだと感じたことだろう。
だが実際はそうではない。
王城で重臣になれる可能性があるとはいえ、伯爵家は『その可能性のある存在の中で一番の下位者』なのだ。
つまるところ、王城での仕事の中で、伯爵家は下に置かれることが多い存在である。
さらに言えば、子爵以下の家格の者からは、上位貴族の中で下の貴族だからと当てにされることが多い。
例えば、ある侯爵と付き合いがある者ならば、その侯爵に陳情を持って行ってくれとお願いされたり、侯爵が横暴に振舞った際には諫めるべきだと苦情を受けたりする。
そうした、上からは押さえつけられ、下からは突き上げられたりする立場のため、どちら側からも侮られることが多いのが、伯爵家なのである。
そしてブリルーノは、その伯爵家に生まれ育ったため、貴族全員から侮られている伯爵家とは、最も下らない貴族位であるという認識でいる。
以上のことを理解すれば、ブリルーノが伯爵家に対して、家格が下がったと評したことに納得がいくことだろう。
それはさておき、ブリルーノは黒板に目的地を書き入れたからにはと、早速出立することにした。
「それにしても、プリパル伯爵家か。ぱっとは思い出せない名前だな……」
ブリルーノは、伯爵家の出身かつ宮廷魔法師筆頭だ。
だから伯爵家の横のつながりで色々な伯爵家には詳しいし、宮廷魔法師筆頭としてパーティーで王族を護衛する役目のため見知った貴族家も多い。
そんなブリルーノであっても、プリパル伯爵家とは聞き馴染みのない名前だった。
思い出そう出そうとして、ようやく薄っすらとした記憶を掘り起こすことができた。
「どこかしらの侯爵家が持つ領地の一つ。その代官を任せられている家だったか?」
領地を治めるにも、この国では貴族位が必要となる。
村の一つ二つを運営するのなら、男爵位以上が。町一つとそれに付随する村々を治めるには、子爵位以上が。
そして、街を含めたそれなりに広い土地を治めるには、伯爵位以上が必須になっている。
それらの規定から、広い土地を持つ貴族は、土地の方々を治めるために、無役の貴族を雇うことが多い。
ちなみに、治めるのに必要なのは貴族位だけなので、役目を担わせた貴族が優秀である必要はない。
責任者をその無役貴族に据え、実働は優秀な家臣に任せることが、今では一般的だ。
つまるところプリパル伯爵家とは、ブリルーノの記憶に残らなさすぎる点を考えると、土地の代官でありながら実務を一切行わせてもらえない、そんな家である可能性が高い。
(どうしてノブローナ王妃は、そんな家に俺様を行かせる判断をしたんだ?)
腑に落ちない気持ちを抱えたまま、ブリルーノはプリパル伯爵家屋敷へと向かうことにした。




