40話
フィエーリアは、ノブローナ王妃の元で乳母として勤めるため、馬車で王城まで移動する。
その馬車に、ブリルーノは同乗していた。
馬車の中は、対面式で二列の座席がある。
進行方向に顔を向ける列の席に、フィエーリアとブリルーノが横並びに座っている。
反対側――進行方向に背を向ける列の席には、アロガンタと籠に入ったアミーコジ永代公爵家の新生児を膝で抱く侍女が座っていた。
アロガンタは、隣の籠にいる自身の子に向けて、指を曲げ伸ばしして遊ぶ。赤ん坊は、振られる指を目で追いながら、手を伸ばして掴もうとする。
これから先、ノブローナ王妃の子の乳離れが済むまで、この二人は離れ離れになる。
そのことを考えると、アロガンタが馬車の中で構い倒そうとしている気持ちはわからなくはない。
そんな風に遊んでいる二人の様子を、フィエーリアは見て微笑ましそうにしている。
侍女も、アミーコジ永代公爵家の面々が和気藹々としている様子を、控え目な態度ながらも喜ばしそうに見ている。
一方でブリルーノは、浮かれている他の面々の代わりというわけではないが、馬車の周囲に目を向けて警戒していた。
(危険はなくなったとのことだが、用心するに越したことはないからな)
ブリルーノが王家から命じられた助産活動は終えているため、この行動はいわばオマケの残業のようなものだ。
しかし、物事というのは終わりが肝心。
残業だからと手を抜いて失態を招けば、アミーコジ永代公爵家での活動の全てにケチがつくことになる。
ブリルーノは、そうならないようにと、気を引き締めて周囲の様子を伺い続けた。
(アミーコジ永代公爵家の屋敷から王城までの距離は、それほどもない。そのうえ、人通りで込み合うような区画もない。短い時間、まばらに存在する人たちを見極めるだけですむ)
ブリルーノが警戒を続けていたことが良い運気を呼んだのか、馬車は何事もなく王城に付いた。
馬車の停留所で、先にブリルーノが下車し、後続に手を貸して下車させていく。
アロガンタが、フィエーリアが、そして侍女と籠の中の赤子も、コケることなく下車し終えた。
「それでは、俺様が先導しよう」
ブリルーノが先頭に立ち、王城の中を進んでいく。
ブリルーノ、アロガンタ、そしてフィエーリアは、王城に来慣れているため、後宮へと続く通路を順調に進んでいく。
一方で侍女と赤子は初めて王城の中に入ったため、あちらこちらへと視線を向けて、興味深そうに観察している。
そんな様子で進んでいた一行だったが、やおら進行方向に人影が複数現れた。
ブリルーノは、それらの人影を警戒しながら、廊下の真ん中を進み続ける。
(こちらは宮廷魔法師筆頭で、後ろに永代公爵家の夫婦を連れている。俺様たち以上の身分者は少ないため、あちら側が道をあけてくれるはず)
そのブリルーノの予想通り、廊下で出くわした人達は、ブリルーノたちの存在を目にするや、廊下の端へと移動して止まった。
そんな彼らの前を、ブリルーノたちは通過していく。
ブリルーノは、彼らから急に襲撃されても対応できるような気構えを固めていたが、それは無用の準備で普通に通り抜けることができた。
結局ブリルーノたちは、後宮へと至る路の、後宮に入る許しがない人が踏み入ることができる場所まで、何事もなく到達できた。
「アミーコジ永代公爵家、アロガンタ・エタナ・アミーコジ。ノブローナ第一王妃の要請に基づき、妻フィエーリア・エタナ・アミーコジを連れて参った。ノブローナ第一王妃へ、その旨、伝えられたし」
「承りました。子の場にて、少々お待ちくださいますよう」
後宮へ取り次ぐ宮女が、廊下の向こうにある後宮へと去っていく。
その宮女が戻るまで、後宮の出入口を守る兵士に見つめられながら待つことになる。
そんな状況の中で、ブリルーノは安堵していた。
(あとは、フィエーリア様が赤子と共に後宮に入るのを見届けたら、俺の役目は終わりだな)
そうブリルーノが思っていると、程なくして宮女が戻ってきた。
「入宮の許しが与えられました。フィエーリア・エタナ・アミーコジ永代公爵夫人、そのお子様、そしてブリルーノ・アファーブロ宮廷魔法師様。中にお入りください」
そう宮女に告げられて、フィエーリアはアロガンタと短い抱擁を交わすと、侍女から籠ごと赤子を受け取った。
そしてブリルーノは、宮女に疑問の声を上げた。
「俺様も天使菊宮に入れって、本当にか?」
「知らぬ仲ではないのだから入って参れ、とのことでございます」
そうノブローナに言われてしまっては従うしかないと、ブリルーノはフィエーリアと共に後宮へと入ることにした。




