39話
暗殺者を差し向けてきた貴族家たちは、依頼を受けた悪党組織ごと、アロガンタの手腕によって破滅した。
その事実を知った後で、ブリルーノは首を傾げた。
「フィエーリア様や生まれた子の命を狙う人物は居なくなったんだな。それなら、明日に俺様が王城まで馬車に同乗する意味はないんじゃないか?」
率直な疑問に対し、アロガンタは苦悶で口を噛みしめた。
「そうだ、万全に安全となった。だが妻は安心してくれないのだ。ノブローナ王妃の乳母に任じられる前に、もしもが起こったらどうするのだと」
「その懸念があるのか?」
「王都の津々浦々を確認して、我が家に敵対するような家も輩も存在しないことが分かっている! だが、危険が全くないとは確約できんのだ」
「確認できているのに、確約できないとは?」
「人の気持ちは移りゆくものだ。確認した時点では敵対する者がないと分かっても、一秒後や一日後に心変わりする者がでないとは言い切れん。そうだろう?」
そんな急な心変わりなど、万が一にしか存在しえないだろう。
しかしフィエーリアは、その万が一が起こったとしても対処できるように、ブリルーノを同行させたいのだ。
「つまるところ、なにか起きる予定はないが、フィエーリア様の心の安定のために俺様が必要というわけだな」
「そうなる。だから明日、馬車には我ら夫婦、ブリルーノ殿、そして我らが子と子を抱えて運ぶ侍女が一人、馬車に同乗することになる」
「その侍女が急に心代わりすることは?」
「ありえん。代々我が家に仕えてくれている者で信用が厚いし、身辺に問題がないと調査も済んでいる」
「馬車の御者、もしくは馬車自体に悪い仕掛けは?」
「どちらも現時点では問題はないし、明日の出発する前も確認することになっているため問題は起こらない」
「馬車の内外に問題がないとなれば、俺様が気にするべきは後宮へと至る道中で襲われないかだけか。それなら魔法で対処が簡単だ。安全な道中を約束しよう」
「そう言ってくれると、気が楽になる。妻も安心することだろう」
二人の間に安堵した空気が流れたところで、ブリルーノは別の話題を切り出した。
「それで、フィエーリア様が乳母となったら、赤ん坊と共にノブローナ王妃の天使菊宮に寝泊りすることになる。そのことを嘆いていると聞いているが?」
「嘆いているとも。ああ、愛しのフィエーリアが、この屋敷から居なくなってしまうだなんて耐えがたい。それに生まれた子の成長を毎日見ることができないことも悲しい!」
「離れ離れになるといっても、面会することはできるのだろう?」
「後宮には入れないが、後宮近くの区画にて面会は可能だ。だから毎日会いに行こうと思っていたのに、妻に止められたのだ! そう頻繁に来られると、乳母の役目が果たせないからと! 酷いと思わないかね!」
「妥当な判断だと思うぞ。度重なる面会が迷惑だとノブローナ王妃に思われて乳母の役目を解任になったら、ノブローナ王妃が俺を使わしたり、貴方が悪党組織やいくつかの貴族家を断罪したり、その他方々が骨を折ったことが無駄になる」
「分かっている! 頭では分かっているが、心が納得できないのだ!」
これは重傷だなと、この傷は時間でしか治せななと、ブリルーノは判断を下して会話を切り上げに入った。
「俺と話したいことは終わったな。なら失礼させてもらいたいんだが」
「待った。あと一つだけ用件がある」
アロガンタは席を立つと、優雅な仕草で頭を深々と下げた。
「貴殿の助力があればこそ、我が妻は万全に出産を終えることができた。改めて礼を言わせていただく」
「そう仰々しくする必要はない。王家からの命令に従っただけだからな」
「いや、やられてもらう。今の今まで、感謝の言葉を口にするのを忘れていたのだから」
ブリルーノは、そうだったっけと首を傾げる。
改めて思い返してみると、アロガンタからお礼を言われたような気はしない。
「それなら、礼だけは受け取ろう。それで用件が終わりなら、退室させてもらうが?」
「構わない。明日まで、よろしく頼む」
もう一度頭を下げられて、ブリルーノは苦笑しながら扉を開けて廊下に出たのだった。




