3話
後宮の一つ、第三王妃の住居である常夏花宮。
そこにブリルーノとアージャ(仮)が走り入った。
常夏花宮に勤める使用人たちは、入ってきた二人を見て、驚き顔になる。
「貴方たち、ここを何処だと」
使用人の中でも一番年嵩のありそうな宮女が、無作法を咎める言葉を投げかけてくる。
それにアージャ(仮)が即座に言い返す。
「非常事態なんです! 通ります」
第三王妃の居る部屋へと、アージャ(仮)が走っていく。
ブリルーノは、走っていく彼女の後ろ姿を見ながら、宮女に頭を下げる。
「不躾な行動、平にご容赦を。このローブを見てわかるように、俺様は宮廷魔法師だ。第三王妃からの呼び出しと聞き、参上した」
「えっ、ドメジーナ様の要請ですって? なにも聞いていないのですが?」
「失礼だが、押し問答をする気はない。要請が本当か否かは、直接第三王妃様にお聞きする次第だ」
ブリルーノは頭を上げると、尽くすべき作法は終わったと、アージャ(仮)が向かった方向へと走ることにした。
困惑の目を向けてくる使用人の中を、ブリルーノは駆け抜け、アージャ(仮)に追いついた。アージャ(仮)は扉の前で立ち止まっていることから、そこの部屋が第三王妃の居室のようだ。
「宮廷魔法師様、遅いですよ」
「後に要らぬ騒動を買わないよう挨拶をしてきたのだ。文句を言われる筋合いはない」
ブリルーノは、さっさと開けろと、顎を動かし行動を促す。
アージャ(仮)は、半目で睨んでから落ち着いた表情に整えると、楚々とした動作で扉をノックした。
「アージャリナです。心強い救援を呼んで参りました」
アージャ(仮)の本当の名前がアージェリナと知った、ブリルーノ。要望書を懐から取り出して、そこ書かせた署名を確認する。
(これでアージェリナと夜めとはな。悪筆極まりないな)
そう署名についての感想を心の中で呟いていると、部屋の扉が薄っすらと開いた。
細く開けられた扉の間から、しっかりとひっ詰めるように整えられた髪を持つ、年配の女性の使用人が顔を覗かせる。
第三王妃の秘密を知る面々から察するに、この年配女性が常夏花宮の侍女頭に違いない。
その侍女頭は、アージェリナの顔を確認してから、次にブリルーノに顔を向けてきた。そしてブリルーノが身につけている、宮廷魔法師のローブを見て、訝しんだ顔に変わる。
ブリルーノは、アージェリナの署名が入った紙を掲げ見せてから、口を開く。
「俺様以外に、対処が出来そうにないと聞かされた。ちなみに、秘密は聞きだした。部屋に通すことが賢明だぞ」
「……そうですね。国王様や他の王妃様の息がかかった医者を連れてくるよりかは、宮廷魔法師筆頭殿の方が安心できそうです」
「ほう、俺様の顔を知っていたか?」
「知らないはずがありません。齢二十五歳にして宮廷魔法師の頂点に立ったお方は、後宮においても噂の的になっておりますから」
侍女頭は扉を人一人分が通れる幅に開けてくれたので、ブリルーノ、アージェリナの順に部屋に入った。
第三王妃の部屋は、良く日光が入る、温かくてまぶしい場所だった。
王妃の部屋に相応しい広い室内には、落ち着いた色合いの家具が並べられている。
その家具の一つ――天蓋付きのベッドがあり、天蓋のカーテンは巻き取られてある。そしてベッドマットの上には、二十歳に届いていないのではないかという女性が横たわっていた。
女性は荒々しく呼吸を繰り返し、何かを耐えるように目を力強く瞑っている。
その女性こそ、国王が愛して娶ったと噂される、第三王妃ドメジーナであることは、ブリルーノは役目上で面識があるため間違いなかった。




