34話
フィエーリアが闘志全開の声を上げ、腹筋に力を入れる。
しかしその闘志は、陣痛の幾分かを魔法で変換しているもの。
そのため、陣痛が和らげば、その分だけ闘志も下火になっていく。
闘志が失われて、フィエーリアはぐったりとベッドに体を預けた。
アイスペクタは、その様子に気付き、すかさずフィエーリアに助言を与えた。
「奥様。体力回復のために、呼吸を繰り返してください。吸って吸って、吐いて、の順番です」
「すう、すう、ふー。すう、すう、ふー」
「いいですよ。陣痛が強まるまで、その呼吸です」
アイスペクタの助言通りの呼吸を繰り返していると、少しして再び強烈な陣痛が起こった。
痛みが闘志に変換され、再びフィエーリアの全身に力がみなぎった。
「また行きますわ! ふうぐぐぐぐううううう!」
子宮口が押し広げられる音が聞こえてきそうなほどの、力強い力み方だ。
しかし、そんなに力を入れているにも関わらず、アイスペクタが覗いている産道の奥の様子は芳しくない。
「……初産だと考えれば、一般的ではあるけれど」
アイスペクタが真剣な顔をしながら、誰にも聞こえないぐらいの声量で呟く。
その呟きは、腹筋に力を入れることに全力なフィエーリアには聞こえなかったが、その隣で魔法をかけ続けているブリルーノの耳には聞こえてしまった。
(どうやら、長丁場になりそうだな)
ブリルーノは、どうしたものかと頭を悩ませる。
魔法というものは、使うと体内の魔力を消費するものだ。
アイスペクタは、宮廷魔法師だけあり、体内魔力は高水準の量を持っている。そして使用している魔法は、効果と範囲を限定していることもあり、使用魔力量は微々たるものではある。
だが何時間も魔法をかけ続けるとなると、話は別だ。
少量ずつとはいえ長時間魔力を消費していけば、流石のブリルーノの体内魔力だって尽きてしまう。
それに、この先でフィエーリアの容体に変化が起これば、別の魔法を使う場面がくるかもしれない。
完全回復魔法のような多くの魔力を必要とする魔法が必要となる場面が来てもいいように、ある程度の魔力は体内に残しておきたい。
そういった事情を考えると、早々に手を打っておく必要があった。
「こいつは不味いから、飲みたくないんだがな」
ブリルーノは愚痴りつつ、自身が着ているローブの内ポケットから、一本の魔水薬を取り出す。
ガラスの小瓶に入っているのは、綺麗な緑色の液体。
この緑の液体は、時間と共に回復する魔力の量を増やす効果を持つ、宮廷魔法師への支給品だ。
味よりも効果を重視した設計で作られた、この魔水薬をブリルーノは呷った。
さらりと口の中に入ってきた液体は、下に猛烈な苦みとえぐみをもたらし、喉にイガイガとした感触を与えながら胃の中へ。そして液体が留まった胃からは、度数の強い酒を入れたときのような、燃えるような温かみが発生する。
ブリルーノは、これらの不快な感覚を目を瞑ってやり過ごし、それから自身の体内魔力の量を感覚的に把握し直す。
(よしっ。今使っている魔法の魔力消費より、体内魔力が回復する方が勝るようになった。これで何時間経とうと、魔力切れになる心配はしなくていい)
こうやってブリルーノが自身への措置を行ったように、アイスペクタもフィエーリアに新たな医療を行っていた。
「奥様。休憩中、失礼します。少し冷たいかもしれませんが、驚かないでくださいね」
アイスペクタは、細長いトングのような器具で薬剤で湿らせた綿を掴むと、それを陣痛の間で呼吸を整えているフィエーリアの産道の中へと入れた。そして、赤ん坊の頭頂部が見えつつある、子宮口の淵をなぞるように綿を滑らせる。その後で、器具を産道から引き抜いた。
「固い口を和らげる薬です。出てくる胎児に付着しても影響が出ない弱い薬なので、気休め程度の効果しかないですが、少しは楽に出産できるようになるはずです」
アイスペクタの言葉に、フィエーリアは口の手拭いをずらしながら返答する。
「気休めだろうと助かりますわ。体験してみて実感しましたけれど、本当に出産って大変ですのね」
「初産は大変なことが多いですね。ですが、二度三度とこなすと、楽に出産できるようになります」
「確かに、アミーコジ永代公爵家の繁栄を考えれば、第二子第三子は必要になりますわね。大変だからと挫けるわけにはいきません」
フィエーリアの目に闘志が篭る。
それからすぐに、陣痛が強く起こり始めて、腹筋に力を入れる動作が再開された。




