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31話

 フィエーリアの出産が始まった。

 バタバタと出産の準備が始まったのだが、少し時間を置くと途端に部屋の中が落ち着きを取り戻していた。

 なぜなら、出産にかかる時間が長いことを部屋に居る面々に教えたからだ。


「初産の場合、胎児が出てくるまで半日はかかります。奥様の体調は常に確認しますから、皆さんは奥様にお声かけするなどして、奥様の心の平穏を保つようにしてください」


 それなら気が急いでも仕方がないと、使用人たちは努めて普段通りの様子を保つようになった。

 一方でフィエーリアも、陣痛には痛むときと平穏なときが交互にくるのだが、平穏な時間の方が長いようで、急に始まった出産からの混乱から立ち直っていた。


「アイスペクタ。半日も出産に時間がかかるのでしたら、食事や排泄を先に済ませておいた方がいいですわよね?」

「食事は消化の良い物を少量。排泄は、部屋に入れたトイレでしていただきます」


 アイスペクタが視線を横に向けると、その先には椅子の下に陶器のバケツを置いた形の、持ち運び式の座式トイレがあった。

 そのトイレを見て、フィエーリアは顔を引きつらせている。


「あれにするのですか? 痛みがないときは動けるのですから、普通に屋敷のトイレに行ってもいいのではありませんの?」

「妊婦の中には、トイレで息んだ瞬間に胎児が滑り出てきてしまった者もいます。そして生まれたばかりの子は体が弱く、弁をのみ込んでしまった場合、重篤な病気にかかる可能性があるのです」

「その事故を防ぐために必要なんですのね。理解しましたわ」


 会話の中で、フィエーリアは視線をブリルーノに向けてきた。

 その視線の意味を、ブリルーノは正確に把握し、アイスペクタへ顔を向ける。


「まだ俺様の出番はなさそうだな。少し部屋の外にでていていいか?」

「すぐ呼び出せる場所に待機していてくれるのなら」


 アイスペクタの許しを得て、ブリルーノは扉を素早く開け閉めして退室した。

 部屋の外の廊下に出ると、部屋の扉の左右には鎧を身につけた警備兵が一人ずつ立っていた。先日暗殺者が襲来してきたばかりなので、その用心のためだろう。


「ご苦労。なにか異常は?」


 アイスペクタの質問に、兵士たちは首を横に振って返してきた。


「総出で屋敷の巡回を増やしていますが、怪しげな人物は見ておりません」

「巡回の順路を再設定しましたので、不埒者が入り込むことはできないかと」

「そうか。手に負えない人物が来たのなら、俺様に知らせろ。部屋の中に結界を張って、襲撃者が中に入れないようにする」

「そんな便利な魔法があるのなら、今すぐに使うのはダメなのですか?」

「出産を助けるための人の出入りはあるだろうからな。周囲に危険がないなら、結界は使わない方がいいはずだ」


 そんな会話をしていると、廊下の向こうから執事服を着た人物が近づいてきた。歳は三十代半ばで、頭髪も衣服も整っている。

 ブリルーノは兵士に視線で、あの人物に心当たりがあるかを尋ねた。


「ご心配はいりません。ちゃんと、この屋敷の執事です」


 執事は近づいてくると、ブリルーノと兵士二人に向き直った。そして申し訳なさそうな顔で質問してきた。


「旦那様からのご用命で、奥様のご容態がどのようになっているかを聞いて来いと」


 隠すようなことでもないので、ブリルーノは教えることにした。


「まだ出産は始まったばかり。アイスペクタ医師によると、子が生まれるのは半日後になるらしい」

「半日ですか。それで、奥様のご様子は?」

「陣痛で痛みを感じているときはあるようだが、痛みと痛みの間は痛みのない時間が長くある。その痛みのない時間は、普通に喋ることが可能だ。つまり問題はない」

「元気なご様子だと、旦那様にお伝えいたしましょう」


 執事が安堵して立ち去ろうとする直前、フィエーリアがいる部屋の扉が開いた。

 ブリルーノが出てくる人の邪魔にならないように横に立ち位置をずらすと、部屋の中から女性の使用人が二人出てきた。

 一人は何も持ってなかったが、もう一人の方は布で上部が覆われた陶器のバケツを持っていた。

 この二人の使用人は、ブリルーノたちに一礼すると、廊下を進んで去っていった。立ち去る最中、陶器バケツの被せられた布の隙間から便臭が漏れでていた。

 それが誰のなのかを、執事は察知したようだ。


「旦那様が安心する材料が増えました」


 執事は一層安心した様子になると、部屋の前から去っていった。

 ブリルーノは、立ち去った執事の姿が見えなくなってから、兵士たちに喋りかける。


「あの言い方だと、アロガンタ永代公爵が奥方の排泄物が好きな変態だと言っているように聞こえるんだが?」

「ちょ! 宮廷魔法師筆頭殿、口が過ぎますよ!」

「そうです。旦那様は奥様のことを大変に愛しておられますから、生理現象がちゃんとあると知れば安堵するだろうってだけですよ」


 兵士の弁明を聞いても、妻の排泄を喜ぶ夫の図にしか、ブリルーノには思えなかった。

 そんな会話をしていると、またもや部屋の扉が開かれた。

 今の会話を聞かれたかもしれないと思ったのか、兵士二人は慌てて口を閉じて、真面目に警備任務をしている風を装う。

 一方でブリルーノは、誰に聞かれていようと困らないので、普段の調子で開いた扉に顔を向けた。

 扉を開けたのは、アイスペクタだった。そしてブリルーノを発見すると、探す手間が省けたとばかりに、安堵したような顔になった。


「申し訳ないけど、また清潔の魔法を部屋の中にかけてもらっていいかな?」

「教えておくが、臭いまではとれんぞ」

「換気で周囲は外にだしたよ。そうじゃなくて、外気を取り入れたから、その部屋の空気を綺麗にして欲しいんだ」

「外の空気が汚れていると?」

「念のためだよ。今回の出産は絶対に失敗できないからね。万が一も起こらないようにしたいんだ」


 ブリルーノは、アイスペクタの気にし過ぎだと思ったが、清潔の魔法をかけるぐらいは手間じゃないからと請け負うことにした。


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― 新着の感想 ―
執事さん、布を被せた何か、が便だと気づいていないんじゃ
空気を滅菌しないといけないって分かってるってかなり先進的な医者やなぁ
そんな話題振られたら兵士も困るでしょw
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