29話
思う存分に魔法の実験を終えてから、ブリルーノは回廊の魔法を解除した。
すると、元に戻った廊下には、既に屋敷の警備隊が待っていた。
「対応が素早いな」
ブリルーノが称賛の声を向けると、警備隊の隊長らしき人物が睨んできた。
「宮廷魔法師筆頭殿が怪しい動きをしていると知らせを受けたのでな。それで、そちらの床の上で死んでいる者は?」
隊長が指摘したように、暗殺者は衣服を剥かれた状態で息絶えていた。
しかし傍目からでは何が原因で死んだのかが分からないほど、綺麗な見た目である。それこそ、ブリルーノが磔にするために魔力の杭で貫いた両手足も、いまは傷一つない状態だ。
ブリルーノは、そんな死体に目を向けてから、何を問われたを理解した顔を隊長に返す。
「屋敷に侵入してきた暗殺者だ。俺様が見つけて、対処した。感謝の言葉は要らないぞ。フィエーリアの出産を無事終えることが、今の俺様の役目だからな」
「……貴方が手引きしたのではないと? そして発覚を恐れて自ら始末したのではないと?」
隊長の疑いの言葉に、ブリルーノは蔑みの笑みを返す。
「俺様なら、暗殺者を雇うまでもない。この場にいながら、アミーコジ永代公爵夫婦を始末することは容易いぞ。あまり、宮廷魔法師を舐めるなよ」
試しにやってみせようかという気概を見せると、隊長が慌てた様子で制止してきた。
「お待ちを。第一発見者を疑うのは、我らの職務の一環です。他意はありません」
「……職務を忠実に実行したというのであれば、不問にしよう。だが、相手を見て頃場を選べ。宮廷魔法師とは、一人で一軍を相手にできる存在だ。お前の目の前には、軍隊一つがあると思って対応しろ」
「我が肝に銘じさせていただきます」
隊長は一礼しながら、視線を暗殺者の死体へと向ける。
ブリルーノは、隊長が何を求めているかを察して、廊下の壁際へと移動した。
隊長は部下たちに命じて、暗殺者の死体と千切れた暗殺者の衣服や装備品までを回収させた。
部下たちは回収物をもつや、屋敷のどこかへ向かって移動していく。恐らく、衣服を検めたり顔実験をするなりして、暗殺者の御許を特定する作業に入るのだろう。
その姿をブリルーノが見送っていると、一人残った隊長が苦言を口にしてきた。
「貴方ほどの力があれば、あやつを生かしたまま捕らえることは簡単だったはず」
「簡単だな。だが、やる価値を見いだせなかった。奴は三流とはいえ暗殺者だ。拷問で口を割るような手合いではないだろう。現に、俺様が少し拷問したが、口を割らなかったからな」
「貴方が、拷問を?」
「魔法を使えば簡単だ。例えばだ」
ブリルーノは、自身の手を隊長の肩に置いた。
その直後、隊長の口から悲鳴が上がった。
「痛ッ!!!」
隊長は絶叫しながら、肩に置かれたブリルーノの手から逃れた。そして退避した先で片肌を脱いで、強烈な傷みが走った肩を確認する。
重傷を受けたと感じさせる痛みだったが、確認した肌は全くの無傷だった。
そんな隊長の慌てふためく様子に、ブリルーノは得意げな感情を込めた笑顔を浮かべる。
「いまのは、体に一切傷をつけないまま、強烈な痛みを感じさせる魔法だ」
「そ、そんな魔法があるのか?」
「俺様が妊婦が感じていた痛みを消した。それぐらいは伝え聞いているだろ。今の魔法は、その逆をしただけだ」
「つまり男女に関係なく、人に陣痛の痛みを味合わせることが貴方は可能だと?」
「陣痛を感じさせる魔法か。なるほど、面白い名付けだ。出産がどれほどの痛みを生むか知らない男性に対して行えば、妊婦に一目置くようになるかもしれんな」
言いながらくつくつと笑うブリルーノに、隊長はドン引きした様子になる。
「そ、それでは、警備の役目の最中なので」
付き合っていられないと、隊長はブリルーノの側から離れていった。
ブリルーノはその場で隊長を見送ってから、改めて暗殺者相手に行った拷問と称した魔法実験を回想する。
「内臓の一部への強化魔法。家畜を育てるのに役立つ魔法、救命救急用の魔法。どれも妊婦に対して行うにはな……」
内臓の一部の強化――妊婦の腹筋の出力を魔法で上げて、胎児を産道の外へと押しやる手助けができないか。もし毒物を妊婦が飲んでしまったとき、妊婦および胎児の生命を守るために、解毒魔法では胎児へ悪影響が出る可能性が高いため、肝臓の解毒作用を魔法で強化する。
家畜を育てる魔法――肥育の悪い家畜を強制的に食べさせて太らせる魔法を、つわりで食べられない妊婦の摂食に役立てることはできないか。鶏の産卵を早める魔法を、胎児の早い成長に役立てることはできないか。
救命救急の魔法――様々な状況の中で、とりあえず命だけは保つことができるようになる魔法の数々。その中でも、妊娠出産に流用可能そうなものを、取捨選択するための実証。
その他にも色々と、ブリルーノが妊婦にとって役立てることが出来るのではないかと考えた魔法を、全て暗殺者の体で試した。
結果、やはりといおうか、本で読んだ通りに妊婦に使うと害が出そうなものばかりだった。
「威力を調整したり、魔法の対象の絞り方を工夫する必要があるな。そのためには、もっと良い検体が必要だが」
少なくとも女性、欲を言えば妊婦を魔法の実験対象にしたい。
そう考えたところで、ブリルーノは頭を横に振って考えを追い出した。
それは人道的な倫理問題からではなく、ブリルーノ個人の望みからだ。
「俺様は助産師を続ける気などない。ノブローナ王妃の考えを読むに、乳母になるフィエーリア様の出産が終わったら、俺様が役目を返上しても構わないはずだ。まったく、熱心に出産に関する魔法の知識を深めようとするなど、正気ではなかった。」
得た知識の生かし方は、助産活動ではなく、宮廷魔法師らしい方向性であるべき。
ブリルーノはそう判断を下し、自分に与えらえた客間に帰って寝ることにした。




