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2話

 アージャ(仮)と共に、ブリルーノは王城の廊下を走る。

 いま走っている場所は、王城の中でも使用人たちが使うための細い通路のようで、使用人の服装をした者は見かけても、王城で役職を持つ者の姿は見ることがない

 むろん宮廷魔法師であるブリルーノも初めて来る場所なので、いま王城の何処を走っているのか分かっていない。


(とりあえず、居場所だけでも分かるように、周辺探査の魔法を使おう)


 ブリルーノの走りながら魔法を行使し、自分を中心とした球形状に探査の魔法を広げた。

 その魔法で判明したのは、ブリルーノのような役職者が歩く廊下から、部屋を一つ挟んだ場所にあるようだ。


(まさに裏方のための通路だな)


 ブリルーノは走りながら、アージャ(仮)は何処に向っているのだろうと、首を傾げたくなっていた。

 宮廷魔法師に助けを求めたからには、緊急事態なのは確かだろう。

 しかし国王や王妃の命が狙われそうな場所は、王城の中では少ない。

 出入り業者にまぎれた間者と出くわす可能性がある庭園。他所から人を呼んで茶会を開く談話室。身分ある罪人を裁く裁判室。

 ブリルーノの考えつくのは、この三ヶ所ぐらい。

 しかしアージャ(仮)が走っている先には、それらが存在していない場所しかない。


(このまま先に進むと)


 ブリルーノが探査の魔法で向かう先を察知し直し、まさかという思いが生まれた。


「おい! 止まれ!」

「えっ、なんですか!?」


 ブリルーノが立ち止まりながら呼び止めると、アージャ(仮)も走るのを止めた。


「おい、質問するから答えろ。俺様が向かおうとしている先は後宮なのか? それも第三王妃の?」

「当たり前でしょう! 第三王妃様のお住まいは、そこにしかないんですから!」

「当たり前じゃない! この、たわけめ!」


 ブリルーノは、本当にこのアージャ(仮)は第三王妃の使用人なのかと、今更ながらに疑いたくなってきた。


「いいか。後宮は基本的に、国王以外の男性は入れない決まりになっているんだ。例外は、売買商品を持ってきた商会の主か、出産に立ち会う医者か、非常事態時の騎士や宮廷魔法師かだ」

「非常事態だから、宮廷魔法師の貴方を、こうして!」

「騎士や宮廷魔法師が呼ばれる非常事態とは、魔物や他国からの侵略者に襲撃されていることを言うんだ。そういう事態なのか?」


 問いただすと、アージャ(仮)の目が泳いだ。明らかに、そういう事態ではないという顔だ。

 ブリルーノは溜息まじりに、苦言を口にすることにした。


「戦闘に関係ない緊急事態ならば、その事態に相応しい者を呼べ。そも後宮には、各種の非常事態に対応する人員が配置されているはずだ」


 特に国王と恋愛結婚をした第三王妃ならばとは、ブリルーノは思っても口にはしなかった。

 真っ当な指摘が行われたはずなのに、アージャ(仮)の表情は泣きそうになっていた。


「頼れる人は、もう宮廷魔法師様しかいないのです。医者は他の場所に連れていかれ、私たち使用人ではどう対処していいか知る人が居ないんです」

「……医者が必要だと? おい、第三王妃に何が起きた?」


 その問いかけに、アージャ(仮)は周囲に人が居ないことを確認してから返答を耳打ちしてきた。


「第三王妃様は、ご懐妊を隠していらっしゃったんです。第一王妃様と同時期に懐妊されたからと、身の危険を感じてです。そしていま、お子様を御産みになりそうになっているんです」


 ブリルーノはアージャ(仮)の言葉に驚愕した。

 ブリルーノは、王城の詰め所に常日頃居る宮廷魔法師筆頭なので、王城内の噂を耳にすることは多い。

 第一王妃が懐妊し、数日前に出産に入ったことは知っていた。

 しかし第三王妃が赤子を身籠ったという話は、一度たりとも耳にしたことがない。


「……よくもまあ、隠せおおせたものだな」

「事情を知るのは、第三王妃様に専属としてつけられた、侍女頭様とお医者様。そして湯で身を清める担当の使用人、つまり私――その三名だけですので」

「流石に国王は知っているだろ?」

「いいえ、お知りになられておられないはずです。第三王妃様はお伝えしておりませんので」


 国王すら知らないことを、どうして教えたのだと、ブリルーノは嘆きたくなった。


「それで、秘密を知る医者は、どこにいった?」

「第一王妃様に連れていかれました。かのお医者様は医術に長けていて、その腕前を出産に活かして欲しいと」

「第一王妃の出産は、もう数日前だろ? それなのに医者が帰ってきてないのか?」

「第一王妃様はかなりの難産だそうで、破水が起こり陣痛が始まって日にちが経った今でも、未だにお子様がお生まれになっておられないのです。だから、医術に長けたお医者様が連れ出されてしまいまして」

「妊娠を周囲に隠したことが裏目に出たわけか」


 難産で苦しむ第一王妃を助けるため、王城中から手隙の医師たちを集める判断が下されたのだ。

 第三王妃専属の医師も、第三王妃が懐妊を隠して元気にしていたため、手が空いていると判断されて連れていかれてしまった。

 そして医者を連れ出されてすぐに、今度は第三王妃の陣痛が始まってしまった。

 医者がいないため、侍女頭もアージャ(仮)もどう対処していいか分らない。しかし下手な相手に助けを求めては、第三王妃ないしはその赤子を害されるかもしれない。

 そんな状況で助けを求める先として相応しいのは、やはり宮廷魔法師になるだろう。

 宮廷魔法師は国王直轄の臣下なので、国王が恋愛して結婚した第三王妃を害する可能性は限りなく低い。そして、魔法とは万難を退ける無敵の手法という、魔法を良く知らない人物は勘違いしているのが定番だからだ。


「……事情を理解してしまったからには、もう逃れられんか。第三王妃の宮へ連れていけ」


 国王が愛する第三王妃と、その腹の中にいる赤子の窮地だ。宮廷魔法師が出張るほどの緊急事態だという弁明は通るはずだと、ブリルーノは判断した。


「はい、よろしくお願いいたします。宮廷魔法師様!」


 二人は改めて駆け出す。妊娠を内緒にしたまま出産しようとしている、第三王妃のもとへ。

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― 新着の感想 ―
詰将棋のように仕方ない感がわかってしまう。 後は流されるままに行きつつ保身していくのよ!
ここで法を盾に断らないのが、いい感じでした。
出産の手助けって人おらんのかと思ったらそんな秘密裏のモノでしたかあ…… そら緊急事態だわ
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