28話
暗殺者がナイフを振るってくるが、ブリルーノはその場に居たままだ。
ナイフが一閃された。
しかしその刃は、魔法の障壁によって阻まれ、ブリルーノの体に届かなかった。
二度三度とナイフが振るわれるが、展開されたままの魔法障壁を突破することができない。
暗殺者が奮闘している様子を、ブリルーノは腕組みして観戦している。
「並の魔法使いの障壁なら、力任せにナイフを振るっても壊せたかもしれないが、俺様は宮廷魔法師だぞ。その刃を魔法で強化するなり、魔力で覆うなりして攻撃しなければ、この障壁は敗れはしないぞ?」
助言のような言葉を吐かれても、暗殺者の行動は変わらなかった。
「こんな眠い攻撃しか出来ないのか? 出来ないにしても、もう少し頭の使い様はあるはずだぞ? 例えばだ――」
ブリルーノは背後へと魔力の弾を放った。
発射された魔力弾は、回廊の魔法の効果によって、ブリルーノの背後から暗殺者の背後へと転移する。そして弾はそのまま空中を直進して、暗殺者の背中に命中した。
「――こんな風に、回廊の魔法の効果を利用した攻撃とかしてみようとは考えないのか? 回廊の効果を悪用されて煩わしいと俺様に感じさせれば、魔法を解くかもしれないとは考えないのか?」
出来の悪い生徒に教えるような口調で語りかけながら、ブリルーノは魔力弾を自身の周囲に多数発生した。
「もう少し、参考資料を提供してやる。頑張って逃げることだ」
ブリルーノが宣言した直後、多数あった魔力弾が動き出す。およそ半数が直接暗殺者へと発射され、その他がブリルーノの背後へ飛び、回廊の効果を得て暗殺者の背後に転移出現した。
前後から魔力弾の群れに挟まれる形になり、暗殺者はナイフの攻撃を止めて回避を優先した身動きを披露する。
しかし魔力弾の数は、暗殺者の対応許容量を超えていたようで、避けきれない。
複数発の魔力弾が、暗殺者の腕、足、胴体、そしてナイフを持つ右手に当たった。命中の衝撃で暗殺者は転び、そして手からナイフを手放してしまう。
「――ぐっ」
痛みに呻く声を上げながら、暗殺者は立とうと両手足を床につく。
しかしその頑張りを圧し潰すように、ブリルーノが暗殺者を上から踏みつけた。
「状況判断ができていない。暗殺者のクセに、生きて状況から脱しようとする生き汚さがある。こいつは二流どころか、三流の手合いだな。こんな安い暗殺者しか雇えないところを考えるに、依頼者は大した家格の貴族ではなさそうだ」
暗殺者を差し向けるということは、アミーコジ永代公爵家に宣戦布告するも同然の行為だ。
そんな開戦の狼煙を担う暗殺者は、その家が雇える一番最高の者を当てるのが常識。
そして一流の暗殺者なら、ブリルーノに制圧される前どころか、ブリルーノと戦う以前――それこそ、回廊の魔法で閉じ込められたと知った時点で、服毒自殺を図って依頼者の情報を秘匿する。
そうした貴族的な常識から考えると、死なずに無謀な戦いを挑んで捕縛されたこの暗殺者は、下の下の手合いという評価になることは仕方がないだろう。
そして、その程度の暗殺者しか手駒にいない相手となると、金に困っている伯爵家かそれ未満の下級貴族家が下手人として妥当な線となる。
「お前のようなクズ暗殺者しか雇えない家ならば、アミーコジ永代公爵家にとって吹けば飛ぶような相手でしかない。俺様がフィエーリア様の出産を助産した後、ついでに出張る必要すらもないな」
アミーコジ永代公爵家は、フィエーリアの出産を第一に考えて、流産を狙っている犯人捜しは手控えている。
しかしフィエーリアの出産が終われば、アミーコジ永代公爵家は総力をもって犯人を探しだすだろう。
いや、もしかしたら既に粗方の目星はつけていて、出産が終わった後に決着を速攻でつける気でいる可能性もある。
「さて、捕まった暗殺者の末路はどんなものか、ド三流のお前でも分かっているな?」
ぐりっとブリルーノが踏みつけの力を増すと、暗殺者は顔に巻いた布の隙間から睨む目を向けてくる。
その目が、やがて諦めへと変わり、そして急に見開かれた。
「ぐぐっ!!」
苦しそうな呻き声を上げて、暗殺者の全身が痙攣を始めた。
どうやら口内に隠し持っていた毒を飲んだようだ。
足下で急速に死へ向かっている暗殺者を見下ろしながら、ブリルーノは口を大きな笑みの形にする。
「最後の最後で、暗殺者の意地を見せたか。感心だ。だが無意味だな」
ブリルーノは暗殺者を蹴りつけて、その体を仰向けにさせた。そして胸骨から胃の上にかけた部分を、踏みなおした。
「解毒」
ブリルーノの魔法が発動し、暗殺者の体を侵していた猛毒が魔法によって無効化された。
暗殺者の開きかけていた瞳孔が元に戻り、困惑の感情が目に浮かぶ。
それに対して、ブリルーノは片方の頬を吊り上げる笑顔を見せる。
「おいそれと死なせるものか。ああ勘違いしないで欲しいが、依頼者の情報をその口から得る気はない。俺様にとって用があるのは、お前の体自体だ」
ブリルーノは喋りかけながら、その体の周囲に四つの魔力弾を生じさせた。
その魔力弾は、段々と球形から杭の形へと変化していき、やがて暗殺者の両手両足に一本ずつ発射された。
「――いぎぅ!」
二の腕と太腿を貫かれて、暗殺者は魔力の杭によって、床に磔の状態になる。
ブリルーノは、そこでようやく暗殺者から足を下した。
「暗殺者や悪漢から情報を得るために拷問をすることを、宮廷魔法師は国から許可されている。そして俺様は、新しい任務を熟すために、新たな知識を本から得ていた。しかし、本の知識をそのまま妊婦にすることは憚られる。つまるところ、新たな知識の安全性を実証する人体実験の対象者を探していたわけだ」
こういう思惑があったからこそ、暗殺者が屋敷の敷地の庭を通っている段階で魔法で狙撃して殺すことはブリルーノにとって造作もなかったのに、暗殺者を屋敷の中に素通りさせる真似をしたのだ。
ブリルーノは、魔法の造詣を深められる喜びを顔に出しながら、暗殺者の黒尽くめの衣服を魔法で破り捨てた。
「やはり体の状態を見るには、素っ裸であるべきだ。そして残念なことに、お前は男性のようだ。女性であったのなら、より良い実験ができたというのに」
ブリルーノは笑顔のまま、暗殺者に対して魔法の実験を開始した。




