27話
暗殺者と思わしき人物は、アミーコジ公爵邸の廊下の端にある窓を開けて侵入してきた。
闇夜に紛れるために真っ黒な衣服を着て、頭や顔にも黒布を巻きつけている。腰回りには黒革の分厚いベルトをしていて、そのベルトにはナイフを入れるポケットが何個もついていた。
そんな暗殺者らしき人物の様子を、ブリルーノは魔法で姿を消した状態で至近距離で見ていた。
(窓開けの道具を使って入ってきたか。内通者がいるのならば、もっと楽に入って来れるはずだが)
暗殺者らしき人物がゆっくりと屋敷の廊下に体を淹れていく姿を見ながら、ブリルーノは回想する。
ブリルーノがアミーコジ永代公爵家に気て、最初に怪しく思っていたのは、アロガンタ永代公爵だ。
ブリルーノという男性が妻の出産に立ち会うことを嫌がる気持ちは分かるが、今回の仕事は第一王妃のノブローナからの紹介だ。心の中でどう思っていようと、態度に出すのはいただけない。
ブリルーノが来る前、屋敷の中に度々、妊婦にとって毒になる食料の納入があったのも、アロガンタ永代公爵が手配すれば簡単に事を成せる。
そしてその二つの出来事は、実はアロガンタ永代公爵が子供を欲していないことが原因だとすれば、一応の説明は付く。
しかしだ。
アロガンタは永代公爵――つまりは王家に近い血筋を持っている。その血と家格は、ノブローナからの紹介を嫌がる姿を見せても不思議ではないぐらいには尊いもの。
それに食材に毒物が混入していた件は、アミーコジ永代公爵家の侍医であるアイスペクタが見つけて防いでいる。
もし本当にアロガンタ永代公爵が流産を望んでいるのならば、アイスペクタの検品仕事を邪魔するような仕事を振れば良い。もしくは食材に毒物を紛れ込ませるぐらいならば、アイスペクタに命じて妻が流産する薬を処方させたってよかった。
多少の疑いはあっても、決定的な証拠がない。
だからブリルーノは、暗殺者が屋敷の中に入ってくる仕草を観察することにしたのだ。
もしもアロガンタ永代公爵が黒幕だったのなら、屋敷のどこかに暗殺者を招き入れる細工がされているだろうと考えて。
しかし、わざわざ道具まで使って鍵がかかった窓を開けて入ってきたのを見るに、この暗殺者と繋がる内通者は居ないと見ていい。
そして内通者とは、アロガンタ永代公爵だけでなく、屋敷に勤めている人物全員を指す。
つまり、アミーコジ永代公爵家には、フィエーリアに流産させようと企んでいる人物は一人としていなかったことになる。
(商人を抱きこんで何度も妊婦には毒になる食材を運び入れる。貴族からの祝いに便乗して魔道具を仕掛けた手口。どちらも屋敷に内通者がいれば、簡単にできる仕事なのだが)
真には内通者がいないとなると、こうした工作ができる存在は限られてくる。
アミーコジ永代公爵家と並ぶほどの家格が高い貴族ならば、その貴族家を繁栄させるために無茶をすることは有り得る。そのための人脈も資金も沢山あるからだ。
逆に家格が低いかったり金銭に困っている貴族家ならば、家が傾くほどに金を使ってでも第一王妃の乳母の座を得ようとする可能性はある。
その他に、アミーコジ永代公爵家を敵に回してまで、フィエーリアに流産させようとする存在を、ブリルーノは考えつかない。
ともあれ、ブリルーノの当初の予想は大外しだということが確定した。
(ふんっ。俺様は宮廷魔法師だ。探偵のモノマネなど、するもんじゃない)
観察は十分に終えたので、ブリルーノは暗殺者の前に姿を見せることにした。
姿隠しの魔法を止めたため、ブリルーノの姿が廊下の中に一瞬にして現れた。
唐突に現れたブリルーノの姿に、暗殺者は驚いたようで、窓を閉めようとしていた手を止めている。
「回廊」
ブリルーノが自身の手を打ち鳴らし、魔法を発動。
その音で、暗殺者は我を取り戻したようで、距離を取るため後ろに飛びながら、ナイフを複数本投擲してきた。
しかしそれらのナイフは、ブリルーノの眼前で飛翔が止まり、そして地面へ落下した。
「その程度の攻撃で、宮廷魔法師筆頭である俺様が仕留められると思ったか?」
暗殺者は、刃が黒く塗られたナイフを抜くと、先ほど入ってきた窓へとじりじりと近寄っていく。
ブリルーノは、暗殺者が逃げる気でいると知ると、あえて一歩後ろへと移動した。
このブリルーノの行動が不可解だったためか、それとも単純に距離が開いたことで心の余裕が生まれたのか、暗殺者の移動が止まった。
冷静な判断をする暗殺者に、ブリルーノは喋りかける。
「忠告しておこう。その窓から、いや他の窓でも構わないが、外に出ようとするのは止めた方がいい。その証拠を見せてやろう。魔力弾」
ブリルーノは言葉の最後に、魔力の弾を放つ魔法を自分の背後へ放ってみせた。
どうしてそんな真似をしたのか、暗殺者は分かっていない様子だったが、直後に思い知ることになる。
それは、ブリルーノが放った魔力の弾が、なぜか暗殺者の背中を打ったからだ。
「!?」
暗殺者が驚いて背後を見て、驚きで身を強張らせた。
暗殺者が入ってきた場所は、屋敷の廊下の端。つまり、いま暗殺者は廊下の端の壁を背にしているはずだった。
しかし暗殺者が見たのは、自身の背後に廊下が続いている光景だった。
そんな暗殺者の困惑を知って、ブリルーノは更に後ろへと歩き始める。
やがて十歩ほど下がったところで、ブリルーノの見ている景色が一変する。
暗殺者と向かい合って対峙していたはずなのに、暗殺者と背中合わせに立っている状態になっていた。
「――なん!?」
暗殺者は驚きの声を漏らしながら、ブリルーノから逃げるために廊下の先へと駆け出す。
しかしブリルーノの見ている景色が一変した場所に差し掛かると、今度は暗殺者がブリルーノの体に飛び込む形で、元の場所に戻ってきてしまった。
「――うわ!?」
再び声を上げて、暗殺者が飛び退いた。すると暗殺者の姿は、ブリルーノの前から消え、先ほど走ってきた廊下へと出現した。
まるで夢の中の光景のような状況に、暗殺者は混乱しっぱなしだ。
ここでブリルーノは振り返って暗殺者を見ながら、ネタ晴らしをするために口を開く。
「俺様がこの廊下に、回廊の魔法をかけたのだ。この魔法の効果は、すでに体感してもらった通り、一定空間を切り離して端と端を接続させる。簡単に言ってしまえば、どこにでも袋小路を作れる魔法だ」
袋小路と聞いて、暗殺者の顔の向きが窓を向く。
その行動を見て、ブリルーノが制止を呼びかけた。
「言っておくが、廊下を進むと進行方向とは反対側に戻ってしまうように、その窓も反対側に通じている。さて、窓の反対とはどこだろうか?」
ブリルーノの説明に、暗殺者は顔を窓とは反対側にある壁に向く。
「ご明察。その窓に飛び込めば、良くて体を壁に叩きつけることになり、悪ければ『壁の中』に体が入り込むことになる。ここは他人の家だからな、オブジェが増えると迷惑になりかねん」
つまり逃げ場はないと諭すと、暗殺者が覚悟を決めた様子でブリルーノのナイフの切っ先を向けてきた。
「魔法は、術者が死ねば効果も消える。確かにその通り。だが、お前に俺様が殺せるのか? この宮廷魔法師筆頭である俺様を?」
やれるものならやってみろと態度で示した途端に、暗殺者がブリルーノへと駆け寄ってきた。




