25話
ブリルーノがアミーコジ永代公爵家に泊まるようになって、五日が経過した。
この間、フィエーリアに対する流産工作は、一件だけ発生していた。しかしそれは、アイスペクタから既に伝えらえていた、普通の人には問題ないが妊婦が食べると問題がでる食材の納入という出来事だった。
ブリルーノは、その食材を納入してきた商人を観察したものの、永代公爵家の奥方に流産をしかけようとしているとは考えていないように見受けられた。
あの商人は、恐らく何も知らないで利用されているんだろう。
つまり悪意のない商人の仕業だし、妊婦に食べさせるのでなければ美味しい食材だからと、ブリルーノだけでなくアミーコジ永代公爵家の一同は問題視しないことにしていた。
無論、フィエーリアの出産が終わった後になれば、誰に薦められて例の食材を納入しているのかという話をしなければならない。
要するに、出産が終わるまで見逃されているに過ぎない状態だ。
そんな、ある種平穏な日々だったが、滞在六日目になり、新たな動きが現れた。
配達業者が、ある品物をアミーコジ永代公爵家に運んできた。
「これは、なんとも」
ブリルーノが思わず苦笑しながら言葉を口にした理由は、フィエーリアの無事な出産を願っての贈り物。
高位貴族に送る物品らしく、外箱は希少な布で彩られている、豪華な贈り物だ。
送り状もあり、送り主はアミーコジ永代公爵家と関りが深く、そしてフィエーリア個人でも親しい間柄の貴族家のもの。押印もサインも本物であることは、配達業者から品物を受け取った家令が保証している。
そんな安産祈願の贈り物に、ブリルーノは魔力視の魔法で観察し、問題を発見した。
「申し訳ないが、その品物を開けるのは待ってくれ」
ブリルーノが開封を止めると、家令が訝しむ目を向けてきた。
「先ほども申しましたが、送り主に問題は――」
「それは理解した。だが、その贈り物には、問題があるようだ」
ブリルーノは問答無用と家令を押しのけて、詳しく贈り物を観察し始める。
「ふむっ。どうやら中身ではなく、外箱が魔道具になっているようだな。貴族相手の外箱なら中身の損傷を防ぐため自然魔力吸収型も使われていることは知っている。だが、これは魔石式の強力な魔法効果が発揮されている。念のため、屋敷の外で開封することが望ましい」
「そうなので?」
家令は信じられない気持ちを表情に出してはいた。しかしブリルーノは宮廷魔法師筆頭だ。魔法関係のことなら従った方が良いという常識的な判断を下した。
屋敷の外に出された贈り物は、そこでブリルーノの手によって開封されることになった。
ブリルーノは、まず外箱の蓋を手に取り、少しだけ持ち上げる。
「何かが引っかかる感触はないな。仕掛けられたピンや糸が引っ張られることを切っ掛けに発動する、攻撃系の魔法ではなさそうだ」
さらに蓋を少し持ち上げると、やおら蓋が箱の内側から押し上げられる感触が走った。
ブリルーノは蓋を手放すと、素早く後方に飛び退いた。
箱の蓋が一気に上へと飛び上がり、そして箱から何かが飛び出してきた。
道化師を模した人形が、その胴体と箱を繋ぐスプリングコイルで飛び出しながら、大きな笑い声を上げ始める。
『ぎゃははははははははははっ!』
明らかに、ビックリ箱だ。
しかしブリルーノは、笑いながら揺れる人形を睨みつけ、魔法を発動させる。
「砕けろ」
『ぎゃは――』
固めた魔力を叩きつける魔法により、人形は粉々に壊れて笑い声が止んだ。
過激な行動に、旗で見ていた家令が文句を口にし始める。
「ビックリ箱は悪戯が過ぎるとは思いますが、なにも壊さなくとも」
「あのな。これはビックリ箱の中でも、恐怖の魔法をまき散らす魔道具のタイプだぞ」
「恐怖の?」
合点がいかない様子の家令に、ブリルーノは壊した人形を拾い上げながら説明する。
「ビックリ箱を開けた子供が驚かなかったら、プレゼントした側が白けるだろ。そんな事態が起こらないよう、程度の弱い恐怖の魔法を発生する魔道具を組み込んだ魔道具があるんだ。そのタイプのビックリ箱だと、子供は間近で恐怖の魔法を食らって確実に大泣きする」
「底意地の悪い仕組みですね」
「大人なら嫌な気分になるだけで終わるぐらいに、魔法出力の弱いものばかりだけどな。しかし妊婦相手――いや、腹の赤子に恐怖の魔法がかかったらどうなるか」
「悪い影響が出ると?」
「老人は脅かされただけで心臓が止まって死ぬという。老人より生命がか細い赤子の場合にどうなるかは、実例がないから確かなことは言えん」
心停止まではいかなくとも、驚いた拍子に胎児が大暴れを初めて破水が起こる可能性は捨てきれない。
ブリルーノの警告を受けても、家令は信じられないといった表情をしている。
「まさか、あの家がこんな真似をするだなどとは」
「いや、家は関係ないな。ちゃんと箱の中に、別のプレゼントが入っているようだからな」
ブリルーノが箱から取り出したのは、バネ仕掛けの横に収められていた、リボンが巻かれている毛布。畳まれていて端の面しか見えないが、細かな刺繍が一面に入っていることが窺える、とても高価な逸品だ。
「この毛布が、本来のプレゼントだな。ビックリ箱は、別の誰かが仕立てたに違いない。フィエーリア様が実はその家に恨まれているっていう可能性がないのなら、だけどな」
「奥様とあの家に限って、そのようなことはありえません!」
家令の怒声に、ブリルーノは分かったと手振りを返す。
「ともあれだ、送り状と毛布に魔法的な仕組みはない。なんらかの薬物が付着していないかを、アイスペクタに確かめさせろ。それで何も問題がなかったら、フィエーリア様へ渡せばいい」
「……そういたしましょう。では失礼いたします」
家令は送り状と毛布を手にすると、一礼してから去っていった。
ブリルーノはその姿を見送ってから、改めてビックリ箱に向き直る。
(妊婦だけに毒になる食べ物。そして子供でも泣き出す程度だが、妊婦になら悪影響が出そうな、恐怖を撒く魔道具。どちらも言い逃れできそうなぐらいの、それこそ普通なら嫌がらせと処理されそうなものばかりだが……)
ブリルーノは、悪意ある送り主に後手で対処しなければいけない現状を、性格的に面白くないと感じていた。




