24話
公爵邸の中には、妊婦にとって危険な魔道具は存在しないことが分かった。
その調査の帰り道で、医師のアイスペクタと出くわした。
場所は、道の先から良い匂いが漂ってくる――調理場近くの廊下だった。
「一人か?」
「そちらは使用人連れのようですね」
短く声を掛け合ってから、視線で互いに、どうしてここに居るかを質問し合った。
その後でアイスペクタが、ブリルーノの隣にいる使用人を気にしている様子を見せる。
どうやら、フィエーリアの流産を狙う勢力があることを、この使用人は知らされていないようだ。
それならと、ブリルーノは事情を先に説明することにした。
「公爵邸の中を散策にな。目に楽しいものばかりだった」
ブリルーノは、楽しいという言葉と、顔に笑顔を浮かべることで、危険な物は見つからなかったという言葉なき提示を行った。
アイスペクタに通じたようで、安堵の表情が返ってきた。
「こちらは食料庫にある食材の調査をしていました。まあ、日頃の仕事の一つといったところですよ」
アイスペクタも、一安心という表情を浮かべて見せてくる。
どうやら今回納入された物には、医者的な見地で危険な食べ物は入っていなかったようだ。
それなら問題ないなと思いかけて、ブリルーノは考え直す。
「調理場の様子を見ることはできるのか?」
ブリルーノが顔を向けて尋ねる先は、隣にいた使用人だ。
「ご希望とあれば見ることは可能でございます。ただし、中に入らず、外から眺めるだけにしていただきたく」
「承知している。今日来たばかりの外様に、公爵夫婦が口にする料理に手出しできる場所に入られたら迷惑だろうからな」
使用人は、ブリルーノが立場を弁えている態度を見て安心した様子になると、調理場へ続く道を案内し始める。
ブリルーノと使用人が歩く後ろを、アイスペクタも付いてくる。どうしてブリルーノが調理場を見ようと思ったのか、その理由を知りたいようだ。
(大した理由があるわけじゃないが)
ブリルーノが内心で苦笑いしながら、調理場へと案内された。
「こちらが調理場でございます。中の料理人たちにお声かけすることも控えて頂けたらと」
「その点も承知しているとも。中を覗くだけだ」
ブリルーノは、再び魔力視の魔法を使ってから、調理場の中を見始める。
調理場には、多数の料理人が調理道具を手に動き回っている。
その調理道具も、調理場にある調理器具も、全てが魔道具だった。
自然魔力吸収型の魔道具という形で、包丁には切れ味を増す魔法が、鍋には焦げ付き防止の魔法が、まな板には清潔の魔法が、かけられているように見受けられた。
コンロの多くは魔石式で一定の火力を発し続けているようだが、一つだけ使用者の魔力に火力を依存するタイプのものがある。
その一つだけのコンロには常に一人――料理長と思わしき人物が張り付いている。
(技術が長ずるにつれて、火力調整がきく道具の方が良いと感じるようになるのは、魔法使いも料理人も同じなのだろう)
ブリルーノは納得しながら、もう一度調理場を見回す。
調理場全ての物が安くはない魔道具ばかりという点は、流石の公爵家の財力といったところ。
しかし出来上がった料理に魔力の濁りが入り込んでいないのを見るに、食べても効果や問題が起こることがないことが分かる。
使われている食材も、多量の魔力を含む物は用いられていないようだ。
「公爵家の食材にしては、質素な物ばかりだな」
魔力を多く帯びた食材は、とても美味しい。
公爵家ともなれば、日頃の食事の一皿ぐらいに使われていて然るべき食材ともいえる。
それが一つもないのは、誰かが排除するように要請したに違いない。
そして、それを要請できる知識がありそうな存在となると、傍らに立っているアイスペクタしか候補はない。
ブリルーノが視線を向けると、アイスペクタは真面目な顔を返してきた。
「申し訳ないけれど、妊婦に魔力の濃いものを食べさせるのは止めた方が良いというのが、現在の医療の常識なんですよ。少し前までは、魔力を多く含む食材の方が、子供に良いとされていたけどね」
「ほう。どうして判断が変わったんだ?」
「まず、魔力が多い食材が良いとされた理由は、その食材を食べると胎児が元気に動くようになるからだったんだ。元気に妊婦の腹を叩く様子が伝わることで、無事に育っていると判断されていたんだ」
「それが今では違う見解だと?」
「魔力の多い食べ物を体に入れると、胎児が元気に動くことは、今でもその通りではあるんです。しかし、そういった食材ばかりを食べて、胎児が元気いっぱいになり過ぎると、胎児が大暴れして羊膜を手足で破いてしまうことに繋がってしまう。過日、王家や高爵位の妊婦に流産が多かった理由が、この胎児の大暴れが原因だ。というのが、現在の医者の共通見解です」
「しかし、その説明だと、多少は食べても大丈夫のような感じがするが?」
「現在、奥様は臨月に至ろうとする時期です。下手に胎児の動きを活発にすると、破水が起こる時期を早めたり、胎内で動き過ぎて逆子になったりする危険があるんです」
「逆子か。あれは大変だったからな。妥当な判断だな」
ブリルーノは納得してから、ふと疑問が沸いた。
「魔力を多く含む食材は、どうやって判別しているんだ? アイスペクタは魔力視の魔法を身につけているのか?」
「食材に魔力が多くあるか否かは、手触りと匂いで判別可能ですから。この屋敷の料理人のうち、煮焼きを任せてもらえている人であれば、見極め出来ていると思いますよ」
そういった魔法に頼らない判別法があるのなら、食材に含まれる魔力量を気にする必要はなかったなと、ブリルーノは反省した。




