22話
アミーコジ公爵邸に在住する医師は、意外なことに男性だった。
見た目の年齢は、ブリルーノよりやや上の、三十代前半といったところ。
この医者は、清潔に短めに切りそろえられた頭髪と痩せ型の細面も合わさり、どこぞの有名な役者ではないかと勘ぐってしまいかねないぐらいの美丈夫だ。
(しかしその目を見れば、本当に医者だと分かる)
ブリルーノが見抜いた通りに、医者の美丈夫然とした顔つきの中で、目だけが鋭い輝きを放っていた。
ブリルーノが知る中で、この医者の目は魔法の研究者や斥候役の兵士が持っているもの。
つまり物事を見定めることに長けた――何らかの問題が患者にあれば、あの目が全てを見通すに違いないと確信を抱かせるような目である。
(この医者が出す見立てであれば、百に一も間違いはないだろう)
ブリルーノは初対面ながらに、この医者を高く評価した。だからこそ、自分から自己紹介を行う気になった。
「俺様は、宮廷魔法師筆頭ブリルーノ・アファーブロ。国王の命令を受け、フィエーリア様の出産の手伝いを行うことになった。そちらの領分を侵す命令ではあると承知しているが、寛容に受け入れて欲しい」
「ああ、貴方が噂の。初めまして。アミーコジ永代公爵家に仕える医師、アイスペクタ・クラシストと申します」
「クラシスト? もしや、医者を多く輩出しているという、あのクラシスト男爵家の?」
「その三男にあたります。年若い時分に、現アミーコジ永代公爵ことアロガンタ様と勉強の席を並べる幸運に恵まれまして」
そう言われて考えてみれば、有り得る話だと、ブリルーノは納得する。
ノブローナの子に取り入ろうと、多くの貴族家では夫人の誰かが出産待ちの状態になっているという。
であれば王家に次ぐ権力者である、アミーコジ永代公爵家と子をもって繋がろうとする貴族家もあって然るべきだ。
現に、この医者――アイスペクタは、勉強の場が切っ掛けに、アミーコジ永代公爵家に仕える立場を手に入れている。
「上手い事やった、とやっかみを多く受けたのでは?」
「この顔でフィエーリア奥様に取り入っただろと、そう言われたことはありますね。奥様のことを何もわかっていない戯言だと、取り合う気もなかったですけど」
フィエーリアは、腹の子が無事に生まれるのなら他の男に股を覗かれる程度問題はないと、そう言い切ってみせるぐらいの女傑だ。
アイスペクタが美丈夫であっても、その医者としての腕前がヘボであれば、役立たずは要らないと公爵邸から追い出すことだろう。
つまりアイスペクタが今でも侍医を勤められていることから、その医者としての腕前も確かであると考えることができた。
「挨拶はこのぐらいにして、フィエーリア様の体の調子はどんな感じだ? 腹に子が居ない患者の場合だと魔法が必要な容体、だったりしないよな?」
「奥様の体調は万全ですよ。お腹のお子様も、すくすくと育っておいでですとも」
「じゃあ俺の出番は、出産が始まるまでないってことになるな」
「それが、そうとも言えないんですよ」
アイスペクタが近寄れと身振りしてきたので、ブリルーノは身と耳を寄せた。
「この公爵邸に運び込まれる物品の中に、妊婦に良くない物が入っていることがあるんです。しかも入っていた物は、一般人では問題のある物だと知られていないものばかりなんです。もちろん、そういったものが誤って口に入らないよう、僕が主導して使用人たちに目を光らさせているため、完璧に防げています」
「つまり、フィエーリア様を流産させる企みがあるってことだな。物が運び込まれているってことは、仕入れ商人と繋がりのある、他所の貴族家の企みか?」
フィエーリアが流産すれば、ノブローナの子供の乳母の席が空くことになる。そして乳母になれば、自分の子供とノブローナの子供は幼馴染の間柄にすることができ、権力の道が開くことに通じる。
だから貴族家の中に、フィエーリアの流産を狙う人間がいるのは、道理と考えることが可能だ。
どの貴族家が犯人だろうかとブリルーノが考えだすより先に、アイスペクタが言葉を放った。
「そこまでは誰も分かってまませんし、仕入れ商人や他の家を追及することもする気もないそうです」
その言い分にブリルーノは、流産を狙う企みがあると分かっていて、その対応は有り得ないと感じた。
並の貴族であれば、企みを抱いている相手が判明しても、その相手の爵位の方が上だと判明したら、涙を呑んで諦めることはあり得る。
しかしアミーコジ永代公爵家より高い爵位の家は、王家だけだ。そして王家は、助産活動を嫌がるブリルーノに王命で出向を命じるぐらい、アミーコジ永代公爵家を大事にしている。
総合して考えるのなら、フィエーリアの流産を狙う企みを行っている相手は、確実にアミーコジ永代公爵家より身分が下となる。
それなのに、なぜ事件を明るみにしないのか。
「……事件を大っぴらにすれば、胎教に悪いからか?」
「アロガンタ様は、大事な奥様の心を煩わせたくないと望んでおいでなのです」
「相手の企みをアイスペクタが阻止出来ている点も、その判断の材料になっているんだろうな」
「お子様が無事に生まれたあとにケジメを付けると、そう仰せになっています」
どんな事態かは理解した後で、ブリルーノは体と顔の位置を元に戻した。
「それで俺様に頼みたいこととは? 大概の魔法は使えると自負しているが、修めていない魔法もないわけじゃないぞ?」
「宮廷魔法師筆頭殿に頼みたいのは、奥様が他者の魔法で害されないよう見張って欲しい。できれば、他者の魔法を受けたとしても大丈夫なように対策を立てて欲しいんです」
妊婦に魔法をかけるのは、回復魔法でも止めるべき。これが世間の常識だ。
しかし裏をかえせば、妊婦の腹にいる赤子相手なら、どんな魔法でも悪影響を及ぼすことが可能となる。
「フィエーリア様の腹が健全に膨らんでいるのを見れば、運び込ませた毒物は防がれていることは分かってしまう。そしてもう、いつ生まれてもいいと思える時期だ。流産の企みを抱いている人物にとっては面白くない。だから狙いを次の段階に進ませる」
「その方法の一つが、魔法を用いたものではないかと、そう考えているんです」
考えられることではあるが、ブリルーノは困ってしまう。
「魔法を防ぐか。色々と対策は思いつくが、しかし護衛対象が妊婦だからな」
相手の魔法を防ぐために使ったブリルーノの魔法で、フィエーリアやその腹の赤子に害を与えてしまっては元も子もない。
どんな魔法でも防げる個人用の防壁魔法は存在するが、その魔法は強力で、妊婦に使っていい魔法かは実証されていない。
効果範囲を限定した防御魔法なら母体や赤子への影響は少ないだろうが、範囲外の魔法で流産を狙われたら対処できない。
「差しあたり、対処療法しかないな」
魔法の効果範囲と、魔法が使われる対象は決まっている。
フィエーリアや公爵邸に近づく者に注意すれば、一先ずは危険はないだろうと、ブリルーノは判断した。




