19話
アミーコジ公爵夫婦に対して、ブリルーノが行うのは、助産活動の説明ではある。
しかし真実は、その助産活動における問題点を列挙して、アミーコジ公爵夫婦から仕事を拒否してもらうこと。
ブリルーノにとって、この助産活動はやりたくない仕事である。
だからこそ最初の案件から躓くことで、この活動自体を消滅させようとと企んでいるのだ。
「では最初に、出産の際に、なぜ魔法使いが妊婦に魔法を使ってはいけないかの話から始めましょう」
ブリルーノは、世間一般で語られている常識を引き合いに、不用意に妊婦に魔法を使うとどうなるかの具体例を上げることにした。
「まず出産時に、魔法使いが妊婦に対して回復魔法を使うと、どうなるのか。回復魔法とは、怪我や病気を癒す魔法と考えられがちだが、実際は魔法を受ける者の状態を健全な状態に戻す魔法だ。同じように聞こえるかもしれないが、大きな隔たりがある」
ブリルーノは、配膳された茶器を持つと、その中にある茶を一啜りしてから、言葉を続けた。
「健康な状態に戻す。つまり怪我や病気がない健康体だと、本来は効果を発揮しない魔法となる。しかし、健康体のはずなのに、魔法が通用してしまう事例がある。体の中に生きた異物がある状態が、その代表例だ。体の中に寄生する魔物しかり、傷口に埋め込まれた蟲の卵しかり、そして胎児しかりだ。この点が、回復魔法は怪我や病気を治す魔法ではないとされている理由となる」
「胎児もですの?」
フィエーリアの聞き返しに、ブリルーノは肯定の頷きを返した。
「この『健康な状態』という部分が厄介なんだ。何をもって健康とするのかが、個人個人でバラバラであるという研究結果がある。寄生生物や蟲の卵を体外に排出することもあれば、寄生生物や卵の育成と助ける形に体組織が変化したなどということもある。妊婦のつわりが、もし腹の子を異物と判断して体外に出そうとしている反射行動だとするとだ」
「回復魔法をかけた瞬間に、腹の子が流れることになりかねないと?」
「そうなる。もしくは、もっと酷い事態になり得る。母体はともかく、胎児にとって健康な状態とはなにかを、誰も予想できないからだ。もっとも、そういう予想が困難な事態が起こりそうだと予想できた段階で、妊婦に対する魔法仕様は厳禁とされたため、実証事例はなくて真実は未解明だがね」
アミーコジ公爵夫婦が妊婦に魔法を使うことを怖がり出している様子を見って、ブリルーノは次の魔法の話題に移ることにした。
「出産は体力勝負だ。その大仕事を助けようと、身体強化魔法を使用した馬鹿魔法使いが、過去に実際に何人も居た。それで、どうなったと思う?」
「普通に生まれた――というわけではないのだろうな、話の流れからすると」
アロガンタは聞きたくないと言いたげに、顔色を青くしている。
一方でフィエーリアは、自分に関係する話題だからか、それとも肝が本当に座っているからか、話の続きを待つ姿勢でいる。
ブリルーノは、怖がらせるべきはフィエーリアだと狙いを定め、残酷な事例を告げていく。
「ある事例では、身体強化を受けた妊婦が腹に力を居れた瞬間、産道にいた胎児の骨が折れて致命的な怪我を負った。またとある事例では、妊婦よりも腹の子に強化が強く影響したようで、胎児の手足が妊婦の腹を突き破った。たまたま妊婦と腹の子の両方にいい具合に強化が成功した場合もあったようだが、失敗事例の方が多いようだ」
「成功例が少ないのであれば、その方法はとるべきではありませんわね」
「他にも、体力回復の魔法をかけたら、どんな作用が働いたのか、胎児が急死した。痛みを消す魔法を妊婦に使って出産させたところ、生まれた赤子の五感が消失した。魔水薬を与えたところ、出産した子に重篤な中毒症状が起こったこともあったようだな」
ブリルーノが先日事故例を調べた際に出てきた情報を伝えると、アロガンタはその巨体を震えあがらせていた。
「な、なあ。大恩あるノブローナ王妃様に背く形になるが、やはり止めた方が」
ブリルーノの思惑の通り、アロガンタの口から魔法による助産活動を忌避する文言が出てきた。
しめしめとブリルーノが内心で思っていると、フィエーリアが平手でアロガンタの肩を強く叩いた。
「確りなさいませ。そんな危険な方法を、ノブローナ王妃様が紹介するはずがないですの! もし一般的な魔法使いなら語って聞かされたような事例が起こるかもしれませんけれど、この宮廷魔法師筆頭殿であれば問題ないと、そうノブローナ王妃様は考えて仕事を任せているはずですの!」
フィエーリアの声には、ノブローナ王妃への厚い信頼感があった。
その信頼の前には、ブリルーノの企みは通用しないようだった。
フィエーリアは、夫を叱りつけた後で、真っ直ぐな瞳をブリルーノへと向けてきた。
「ノブローナ王妃は、出産の最中に死にかけ、貴方に魔法で助けられたと耳にしておりますわ。つまり貴方は、ノブローナ王妃の出産を魔法で手助けし、それに成功なさっていますわね?」
この真実を見抜こうとする瞳を見てしまうと、ブリルーノは助産仕事が嫌だからといって嘘を吐く気になれなかった。
「ご明察の通り、魔法を使って出産を手助けできる。だがそれは、魔法の道理を知っている俺様だからだ。他の一山いくらの魔法使いでは、俺様が先ほど説明したような事態になることは間違いない」
「先ほどの恐ろしい例を出しての話は、貴方と他の魔法使いを同じだと思うな、という話に繋がるわけですのね?」
「俺様が出来るからと、安易に他の魔法使いができると思うな。恐らく、遅かれ早かれ、宮廷魔法師が王妃の出産を魔法で助けたことは広まる。そうなれば、口の上手い木っ端魔法使いどもが、言葉巧みに自分なら出来ると風潮し始める。そんな連中に引っかからないよう、正しい認識は必要だ」
「仮に貴方の魔法で、わたくしの出産が上手くいった場合。お付き合いのある方々に、その正しい認識を広めるべきですわね」
段々と話が、ブリルーノがフィエーリアの助産活動する方向に流れている。
これはまずいと、ブリルーノは流れを止めるために、魔法とは別の話題を切り出すことにした。
「魔法の危険さを知ってもらったところでだ。フィエーリア様は、俺様が助産活動をすることに、忌避感はないのか?」
「なにか、忌避することがありますの?」
「……もしかして貴女は、その腹の子が初産なのか?」
「そうですわよ。ノブローナ王妃様が、ご自身と同じ初産で心細いだろうからと、貴方を遣わしてくださいましたのよ?」
つまりフィエーリアは、出産の場でどんな事態が巻き起こるかを知らないのだ。
ブリルーノは、どう説明したものかと頭を悩ませ、率直な言葉を口にすることに決めた。
「助産活動というからには、貴女の体に触れたり、子が出てくる股を覗き込むことだって有り得るということ。俺様のような見知らぬ男に、そのような真似をされて耐えられるので?」
フィエーリアは耳に入ってきた言葉の内容に理解が及ばない顔をしてから、顔を赤くして自身の股を服の上から手で押さえる様子を見せた。
「ひ、秘所を見せますの!? 貴方に!?」
「出産は、こちらの家の侍医が主に担当することになるだろうが、緊急事態であれば問題のある場所を視認する必要はでてくるものだからな」
遠回しな言い方で肯定すると、フィエーリアは羞恥に染まった表情を二転三転とさせていく。
羞恥から困惑、困惑から深く考え込む様子へ。思考から浮き上がると、また羞恥に戻り、事態に困った様子へ。
コロコロと変わる表情だったが、やがて覚悟へと収束していく様子が窺え始めた。
(これは拙い。覚悟を決められる前に、また別の情報を入れて混乱させないと、助産仕事を拒否してくれそうにない)
ブリルーノが新たに言葉を発しようとする。
その直前、アロガンタが憤怒の赤い顔を見せ、鍛えられた両腕でフィエーリアを抱え込んだ。
「愛する妻の裸を、他の男に見せてたまるか! 残念だが、この話はなか――」
ブリルーノが望んだ拒否の言葉が、いよいよアロガンタの口から飛び出る。
しかしその言葉は、フィエーリアの容赦ない平手打ちがアロガンタの頬に決まったことで、止められてしまった。
「お黙りなさい! 個人の感情で物事を決めるなど、永代公爵家の当主として、あるまじき振る舞いですの!」
「いや、だが」
「いやでも、だがでも、ありませんわ! 出産はわたくしの役目! 出産にまつわる決定権は、公爵家当主が相手であろうと、渡せませんわ!」
頬にくっきりと手の形が赤く刻まれたアロガンタは、泣きそうな顔で抱えて腕を解いた。
フィエーリアは、アロガンタから脱出すると、改めてブリルーノに向き直る。
「ノブローナ王妃様からの太鼓判ですもの。その、は、はしたない部分を見られることに抵抗はありますけれど、そのときが来たのならば、よろしくお願いいたしますの」
まさか公爵家当主を平手打ちしてまでの覚悟を見せられてはと、ブリルーノは仕事から逃げることを諦めるしかなかった。




