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1話

 ブリルーノ・アファーブロは、二十五歳でありながらモナート王国の宮廷魔法師筆頭である。

 そんなブリルーノの一日は、殆ど王城にある宮廷魔法師の詰め所で、日がな読書と同時に魔法の練習をするだけで終わってしまう。

 なにせ宮廷魔法師筆頭には、他の宮廷魔法師が魔物の襲来だ他国の侵攻だと方々の地方に駆り出される中でも、常に王城に駐在していなければならないという決まりがあるからだ。

 この決まりを受けて、ブリルーノは筆頭の立場になってから、王城にある宮廷魔法師の詰め所で、王城の書庫から借りた本を読んで過ごすようになったわけである。

 そんな出張のない気楽な立場は、他の宮廷魔法師たちは羨望の的であるため、常に立場を狙われている。

 その事実を知るブリルーノは、本を読む傍らの時間を使い、様々な魔法の習得を行うことにしていた。

 無論、この詰め所は王城内なので、攻撃魔法の類を練習することはできない。

 だからブリルーノは、攻撃魔法以外の魔法で、魔物との戦闘や他国との戦争に役立ちそうな魔法を習得し続ける。

 戦闘の役に立たない魔法を学んだところで、筆頭の立場は守れないのではないか。

 そう疑問に持つ者もいるだろうが、それとはブリルーノの考えは違う。

 いまやブリルーノの代名詞となった、ブリルーノの作り上げた『天照堕』の魔法も、実は攻撃魔法以外の魔法の要素を取り入れて出来たものである。

 『天照堕』の例があるのだから、攻撃魔法以外の魔法をもっと習得すれば、第二第三の『天照堕』級の魔法の開発ができる。

 それがブリルーノの考え出した、宮廷魔法師筆頭を守り通し方である。


「ふぅ。次の本を読むとしよう」


 ブリルーノが本から視線を上げると、宮廷魔法師の詰め所の中には、彼一人しか居ない状態だった。

 ブリルーノは視線を動かし、詰め所の壁にかけられている黒板を見る。

 この黒板には、総勢三十余名の宮廷魔法師たちが、いま何を命令されているのかが記されている。

 他国の侵攻を迎撃するため、二十名が長期出張。

 兵士や冒険者などで対処できなかった魔物の討伐に、五名が短期出張。

 その他の面々も、王都内や王都近郊へと、宮廷魔法師でないと解決できない問題を抱えて出ているようだった。


「筆頭は切り札だからと、仕事を振られる順番は最後の最後だ。この点も素晴らしいな」


 他の宮廷魔法師が方々で汗を流す中、ブリルーノは日がな一日本を読んで過ごす。

 そんな両者が貰える給料には、大差がない。他の面々が出張費や危険手当が付くのと同じように、宮廷魔法師筆頭は唯一優先王城待機費がつくから。

 この待遇の差が、宮廷魔法師たちが筆頭を目指す原動力の一つになっているので、仕組みを作った者は上手くやったものである。

 ともあれブリルーノは、黒板に書かれた文字を見て、まだまだ他の面々が戻ってくるには時間がかかると結論付け、読書に戻ることにした。

 しかし本のページを数枚捲ったところで、この詰め所に走り寄って来る音が、ブリルーノの耳に入った。


(慌てて走っている足音。それほど急いで宮廷魔法師の元に来ようとするからには、よほどの一大事なのだろうな)


 ブリルーノは読書の手を止めると、目に魔力視の魔法をかけてから、詰め所の壁越しに近づいてきている人物を見る。

 魔力視では明確な姿は見えないが、人物のおおよその形を掴むことは可能だ。加えて、その者が持つ魔力を通して強さを測ることもできる。

 そんな魔力視で見えた、いままさに詰め所の扉の前にやってきた人物を見て、ブリルーノは首を傾げた。


(女性の形をしていて、しかも騎士や兵士のような戦う者特有の魔力運用を体に行っていない。王からの遣いというわけでもなさそうだが、貴族の使い走りということはもっとあり得ないが?)


 だが貴族の領地に恐るべき魔物や屈強なる他国の兵士が現れた場合でも、貴族が宮廷魔法師に直接依頼をすることはできない。

 宮廷魔法師は国王の直下の臣下という位置づけだ。

 そのため貴族が宮廷魔法師に依頼を出す際は、貴族は国王に窮状を願い出て承認を受けることが必須となる。

 そしてこの手続きを経て依頼がだされた場合でも、貴族やその遣いが宮廷魔法師に直接会って依頼することはできない。国王だけが宮廷魔法師に要望や命令を伝える権利を持つからだ。

 ブリルーノは、そうした宮廷での仕組みを知っているからこそ、いま詰め所の扉を無遠慮に押し開けて入ってきた女性――王城で働く使用人の格好をした人物が何者かが分からなかった。

 中に入ってきた女性は、年齢は十代半ばほど。愛されて育って愛嬌満載という顔立ちをしている。

 その彼女は、人気のない部屋を見て絶望の表情になり、しかしブリルーノを見つけると急に希望を得た顔つきに変わった。


「宮廷魔法師様! お助けください!」

「直接ここに来るとは一大事だと思うが、何があったのだ?」


 そう問いかけたにも関わらず、使用人の格好の女性は返答せずにブリルーノの腕を両手で掴むと、詰め所の外へ連れ出そうとする。

 ブリルーノは二十半ばの男性で宮廷魔法師という戦闘職ゆえの鍛えらえた体。使用人の格好の女性は十代半ばで掃除洗濯以上の肉体労働はしたことがなさそうな細腕。

 その体格差から、女性が渾身の力を込めても、ブリルーノを詰め所から引きずり出すことはできないようだった。

 ブリルーノは軽くため息を吐くと、対象の気持ちを落ち着かせる、安息の魔法を女性にかけた。

 すると効果が覿面に現れて、その女性は今自分が何をしているかに気付いた様子になった。


「も、申し訳ございません。ですが一大事なんです! 第三王妃様が!」


 ラゴレフケトラス国王には、三人の妃がいる。

 第一と第二の妃は国内の有力貴族家との政略で結婚し、第三の妃は恋愛結婚であるという噂を、ブリルーノは耳にしていた。


(よりにもよって第三王妃か。加えて、俺様以外の誰も詰め所にいないときた)


 宮廷魔法師に命令できる人物は、国王しかいない。

 しかし、この仕組みを盾にして、国王が恋愛して結婚した第三王妃の危機を見過ごしたとあっては、責任を取らされる可能性がある。

 ブリルーノは、仕組みと国王の心情を天秤にかけた。


「……わかった、第三王妃のもとへ行こう。ただし、書面を書いてもらうぞ」


 ブリルーノは、詰め所の中にあった紙を一枚とペンとインク壺とを、引き寄せの魔法で自分の手元に召喚した。そのペンとインクで紙に一文――第三王妃の救援妖精と書くと、ペンを女性に手渡した。


「紙の下端に貴女の名前を書き入れるんだ。そうすれば様式は整う」

「わかりました!」


 返答するや、女性は紙の端に名前らしきものを書き込んだ。

 『らしき』としたのは、気が急いでいるためか、それとも元の字が下手だからか、一目で読める文字ではなかったからだ。


「アー、アージ、アージャか?」

「これで良のでしょう! ほら、早く!」


 仮称アージャに手を引かれるがまま、ブリルーノは宮廷魔法師の詰め所から廊下に出た。


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― 新着の感想 ―
救援妖精は誤字なんだろうけど、困り事を助けるお助け妖精的な立ち位置かと変に納得
筆頭じゃなかったらなあw
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