17話
国王の命令で、ブリルーノは魔法で貴族の婦人の出産を手助けすることになった。
その最初の仕事を誰に行うかについては、会談の中で決まることはなかった。
ブリルーノにしてみれば、最初からやる気がない案件だし、特に親しい貴族家もないので、自分で選ぶ意味がない。
逆にノブローナ王妃やラゴレフケトラス国王側からすると、出産手伝いとはいえど貴族家に貸しを作れるチャンスだ。そしてノブローナの方が、婦人の妊娠状況に詳しい。
以上のことから、基本的にノブローナがどの貴族家にブリルーノを派遣するか決めることで、とりあえずの方針は固まった。
「俺様が貴族家に出張するとするとだ」
ブリルーノは、ノブローナとの会談場所から宮廷魔法師の詰め所に戻ると、軽く嘆息してからその中に入った。
「おかえりー」
と気楽に声をかけてきたのは、同僚のケレーゴ。
声をかけてはこないものの、視線を向けてはくる、他四人の宮廷魔法師たち。
そんな彼ら彼女らが喜ぶであろう情報を伝えることに対して、ブリルーノ再び嘆息する。
「はぁ。俺様に出張命令が出ることが予定されている。つまり、王城での待機任務は、ここにいる俺様以外の誰かが担うことになる」
ブリルーノの宣言に、ケレーゴを含めた五人の 宮廷魔法師たちが色めき立つ。
それもそうだろう。
今までブリルーノが宮廷魔法師筆頭としいて担っていた役目は、王城の詰め所で日がな一日待機しているという楽なもの。
待機任務中は、王城の図書室にある本が読み放題だし、部屋の中で使える魔法だけに限られはするが魔法の練習はし放題。
宮廷魔法師に下される他の任務は、盗賊や魔物や他国の侵略軍の相手ばかり。
それを考えれば、王城での待機任務なんて、天国な職場に違いなかった。
(そんな職場を手放さないといけないなんてな……)
ブリルーノにとって痛恨事ではあるが、王命が下ってしまったからには、引継ぎは行わなければならない。
そんなブリルーノの苦悩を知ってか知らずか、ケレーゴが質問してきた。
「でもさ、王城で待機する仕事って、宮廷魔法師筆頭の役目だったよね。ブリルーノがダメになったのなら、次の実力者が担うべきなんじゃないの?」
ケレーゴの言い分は道理を得ているものだった。
この道理について、ブリルーノも把握している。
「俺様の次の実力者となると、他国との戦争に駆り出されているアイツだが、その戦争から引き戻せると思うか? 俺がその戦場にいくわけじゃないんだぞ? お前らの誰が、アイツの穴埋めができるのか?」
「あー、ということは、その戦争が終わるか休戦するまで、城の待機任務には就けないわけだ」
「他の長期出張の面々についても、同じことが言える。もっとも、その長期任務が終わったら、その終わった者が待機任務に入るだろうけどな」
つまるところ、次に王城の待機任務に就く宮廷魔法師は、長期出張組が帰ってくるまでの繋ぎでしかない。
無論、宮廷魔法師に選ばれるだけの実力者なので、短期出張組と括られている、この五人の宮廷魔法師もそれなりに強い魔法使いである。
場繋ぎ程度の役目であれば、誰であっても熟すことは可能に違いない。
「誰に待機任務が言い渡されるかは、国王の仕事だからな。お前らは期待して待っているといい」
喜びを見せる面々とは逆に、ブリルーノは気落ちした様子で借りていた本をまとめ始める。城での待機任務が終わるからには、借りていた本を図書室に返す必要があるからだ。
一抱えほどの木箱の中に、本を傷つけないよう気を付けて収納していく。
やがて、木箱の中からはみ出て山となった本を前に、ブリルーノは指を一振りさせた。
「浮遊しろ」
魔法が行使され、本が山積みになった木箱が、ふわりとブリルーノの腰元まで浮かび上がった。
「それでは片付けに行く。誰か俺様に会いに来たら、基本的には追い返せ。追い返せない相手なら、図書室へ誘導しろ」
ブリルーノは事付けを残すと、浮遊させた木箱を軽く押して廊下を進んで図書室へ。
図書室に到着すると、年配の司書に借りていた本を返却した。
「借りた本は、速やかに返却してくれないと困りますよ」
「魔法の研究に必要だったんだ。それにまだ使い終わってはいないから、返却する気はなかったんだ」
「お役目を言い渡されて、本が読めなくなったとか?」
「俺様に関する噂を耳にしているのか?」
「いいえ。歴代の宮廷魔法師筆頭様たちも、以前に同じ理由で本を返却なさいましたので。もちろん、どんな任務を言い渡されたのかは知りません」
事情を把握していなくても、過去の出来事から類推することは可能だろうと、ブリルーノは納得した。
「これで本は全て返却したな? 俺様が返し忘れている本はないな?」
「少々お待ちを。はい、確認しました。これらの本で、全て返却されました」
帳面から確認してくれて、ブリルーノは安心した。
これで用事は終わったので図書室から出ようとして、その足を止めて司書に向き直った。
「済まない、新たに本を探したい。立ち読みするので、貸出作業は必要ない」
「どんな本を探すのですか?」
「そうだな。内臓の一部に強化魔法をかける研究の資料。家畜を育てるのに役立つ魔法書。医療用の魔法による事故例の記載がある本だ」
「相変わらず、幅広い分野に興味をお持ちですね。目的に沿った本がある場所とその題名を、メモに書いて渡しますね」
司書は、図書室の開架資料も見ずに、破ったメモ調の紙にさらさらと文字を書き、それを手渡してきた。
ブリルーノが求めたのは三種類の本だったが、メモ帳に書かれた本の題名は七冊もあった。
「いささか本が多いようだが?」
「お求めになられた内容そのままの本はなかったので、似たような記述があるものを選びました。本の内容を流し読みで確認して、求めていたものでなかったのなら、お知らせください。また別の本をお伝えいたしますから」
「そうか。だが助かった」
ブリルーノは礼を言うと、まずはお勧めされた七つの本に目を通してみることにした。
するとブリルーノが期待していた以上の記述ばかりだったので、司書に礼を言いに行ってから、時間が許す限り本の内容に目を通すことにしたのだった。




