16話
ノブローナとの会談場所は、王城の一画にある談話室だった。
(流石に後宮を面会場所にはしないか)
後宮は国王と妃の場所だ。
だからブリルーノのような宮廷魔法師であろうと、基本的に立ち入ることはできない。
あの出産の日は、妃に命じられた使用人に招かれたり、侍医が連れてきたという事情があるからこそ、立ち入りが叶っただけでしかない。
ブリルーノは、使用人に導かれるまま、談話室に入った。
部屋の中には、ノブローナと使用人と護衛の姿があるだけ。
その光景に、ブリルーノは意外さを感じた。
(国王が話し合いについてくると思ったが……)
ラゴレフケトラスとノブローナが国王と王妃として話し合って、ブリルーノに貴族婦人の出産を手助けさせようと決めたのだろうと思われる。
その二人で決めたことなら、国王と王妃が並んで事情を説明するのが道理だ。
(そうではないということは、ノブローナ王妃が主導したということか?)
でもそうなると、ブリルーノの言い分を受け入れたように見える先日の出来事は何だったのかという話になる。
不可解な気分を抱えたまま、ブリルーノは薦められるがままにノブローナの対面の椅子に座った。
ノブローナは、ブリルーノの顔をまっすぐに見て、今度は扇子で顔を隠すことなく、申し訳なさそうな顔になった。
「今回の命令に不服だとは承知しているが、どうしようもなかったのだ。許して欲しい」
「どうしようもなかった? 貴方が命令を出すように主導したのでは?」
ブリルーノが確信をもって問いただすと、ノブローナは眉根を下げて更に困った表情になった。
「このような事態になった流れを説明させて欲しい。聞けば、貴殿も納得すること間違いない」
「……聞かせて貰いましょうか」
ブリルーノは配膳された茶器を手に取って、話を聞く体勢を見せた。
ノブローナは、一先ずは安堵したようで、過日の出来事を口にし始めた。
「貴殿の話を聞き、我は魔法使いを出産に立ち会わせる危険さを通達した。出産を控えている妊婦がいる貴族の家々には、間違いなく通達できたと自負を持って言える。だがここで、一つ問題が起こった。貴殿が二度と出産に立ち会いたくないと考えていることが、なぜか知れ渡ったのだ」
その理由に、ブリルーノは幾つか心当たりがあった。
一つは、先日にノブローナと会談した際に、あの場所にいた使用人たちの態度。
あの使用人たちは、既にブリルーノが出産を手助けしたことを、関わりのある貴族たちに語った様子だった。
その流れから、ノブローナが通達を出すより前に、魔法使いを出産に立ち会わせる危険性を伝えようとしたことは間違いないはず。
もし危険性を知らせなかった場合、後にノブローナからの通達を聞いて、間違った報告をしたなと咎められることに繋がってしまうからだ。
そして、その危険性を伝える報告の中に、恐らくブリルーノの様子を伝えるものもあったのだろう。
あのときのブリルーノの発言は、自分には腕前があるから成功したと語りつつも、助産師の真似は二度とご免だと言葉だけでなく態度でも語っていた。
そのときの様子を報告されていたとしたら、貴族たちが事情を知っていることに理屈がつく。
他の心当たりは、ブリルーノが宮廷魔法師の詰め所にて、魔法で出産を手伝ったことを散々愚痴っていたこと。
ブリルーノにしてみれば、再び助産師の真似事をさせられてはたまらないと考えて、その役目が来ないようけん制するために愚痴を口にしていた。
そして宮廷魔術師に、貴族家出身者が多く在籍している。
宮廷魔術師は実家とその爵位の相続権が停止されるとはいえ、貴族の一員であることに変わりはない。
宮廷魔術師の誰かが、実家にブリルーノが愚痴っていた様子を伝えていれば、その宮廷魔術師の実家から付き合いのある他の貴族家に伝わる可能性は高い。
他にも、出産を共に戦った老婆医師や、天使菊宮に集った貴族や魔法使いから、話が伝わった可能性だってある。
なにが原因であろうと、原因が複数あったとしても、ブリルーノが助産師の真似事をさせられるのは勘弁だと考えているという事実を、貴族の多くが掴んだことに不思議はない。
「それで、その事実を知った貴族家が、なにか言ってきたとでも?」
「ああ、言って来おったとも。我だけ宮廷魔法師に大変な出産を手伝ってもらってズルいとな。まったく、こっちは危うく死ぬところであったというのに、ズルいだの羨ましいとのたまうなど、笑えるではないか」
ブリルーノは、笑いごとには聞こえなかかっため、発言は控えることにした。
反応を貰えなかったことに気を悪くしたのか、ノブローナは鼻息を一つ吹く。
「ふんっだ。その笑えることを言ってきおったのは、一人二人ではない。出産で悩みを抱える、ほぼ全ての貴族婦人たちが陳情しに来おったのだ。おい!」
ノブローナが不機嫌そうに呼びかけの言葉を吐くと、使用人の一人が銀盆を掲げた姿で近づいてきた。
その銀盆は、ブリルーノとノブローナの間にある小机の上に置かれた。
銀盆の上には、十何通もの手紙が置かれていた。その手紙には、砕けた封蝋があるため、貴族からの手紙だと分かった。
「これは陳情書の一部よ。我ともともと付き合いのある家のものだけ持ってきた。それ以外の家のものとなると、手紙の他に、我に届けてくれるようにと他の家の推薦状も一枚は必ず付いているのでな、この盆に乗せきらん量となる」
「つまり、それほどの陳情が集まってしまうと、王家であっても無視できないと」
「無視してしまえば、ラゴレフケトラス様の統治に陰りを生むことになる。それは出来ぬのよ」
「だからノブローナ妃は、俺様に恨まれることを承知で、国王に命令を促したと?」
「そうだ。恨むのならば、この我にせよ。ラゴレフケトラス様を唆し、貴殿に助産師の役目を負わせるように差し向けたのよ」
国王と宮廷魔法師筆頭の関係が悪くならないよう、嫌な命令を発させた原因はノブローナであるという形にしたのだ。
なんともいじらしい献身だなと、ブリルーノは溜息を吐きたい気分になる。
「あまり、貧乏籤を引き受けるのは止した方がいい。自愛することだ」
「ふふっ、心配要らぬ。国王と番い第一王妃となったからには、我が生命はラゴレフケトラス様と国のため使うと決めているのでな」
「当の国王の恋心は、第三王妃に向けられていると知っているのにか?」
「送る愛に見返りを求めはせぬよ。我が、国王を、そして国を愛していることこそが重要なのだから」
覚悟の決まりっぷりに、ブリルーノは降参する。
「その心意気に免じて、俺様が抱いていた腹立たしさは帳消しにしましょう」
「そうか。そう言ってくれて安心した」
「……安心してばかりも居られないんだが?」
「それはどういう意味であろうか?」
「以前に語って聞かせたでしょう。この国の妊婦――貴族に限定しても数が多い。そして、俺様の体は一つきりだ。どの貴族の妊婦を優先して助ける気で?」
ブリルーノが小机の上の銀盆にある手紙を見ながら言うと、その問題もあったのだと思い出したのだろう、ノブローナは頭痛を覚えた様子で端正な顔を顰めた。




