14話
ノブローナとの茶会を終えて、ブリルーノは自身が貴族の妊婦の出産に立ち会う話は立ち消えになったと判断していた。
なにせ、あの日からノブローナに呼び出されることもなく、何時ものように宮廷魔法師の詰め所で本を読む生活に戻ったからだ。
しかしブリルーノの考えは間違いだったことを、二人の王妃が出産した日から十日後に知る羽目になる。
「国王から褒賞だと?」
ブリルーノが訝しんで聞き返すと、国王からの使者が頷きを返した。
「はい。お二方の王妃様をお助けしたことに対し、褒美を取らせるとのことです」
「宮廷魔法師は国王の配下ゆえに、生半可な功績では褒賞は貰えない立場のはずだが?」
「お二人の王妃、そしてお生まれになった王子と王女。合計四名の尊き命を御救いになられたのですから、宮廷魔法師であろうと褒美を与えられることは当然のことと存じます」
「その褒美は、俺様にだけか? 両方の出産に関わった人物は、俺様だけではなく、老齢の女医師が居たはずだ」
「既に女医殿に褒美が与えられられております。女医殿のご実家に便宜を図るという形で、です」
あの老婆医師は、第三王妃ドメジーナの侍医だ。第一王妃の出産の手伝いという余分な仕事があったとはいえ、二人の王妃の出産を手伝うことは、彼女の業務でしかない。
そんな普通の業務を熟した医師ですら、国王から褒美が渡された。
ならば、出産とはなんら関係のない役目である宮廷魔法師が、二人の王妃の出産を助けたとなれば、老婆医師の褒美より上のものを渡すべき道理となる。
「辞退を申し出ても、受け入れては貰えないだろうな」
「そんなことはできません。王家が恩知らずだと貴族たちに思われてしまいます」
恩を知らぬ王と見られれば、人心が離れるきっかけになる。
そんな事態になることは国王は望まないし、国王に仕える立場の宮廷魔法師であるブリルーノも望まない。
「了解した。褒美をもらえるのは、何時になる?」
「明日の昼前、謁見の間にて、国王が褒美を手渡すとのことです」
国王が直々に褒める姿を見せて、周囲に真っ当な信賞必罰を行える王だと印象付けるつもりだろうと、ブリルーノは理解した。
「そのときの格好は、このローブ姿で良いのだよな?」
「その服で構いませんが、綺麗になさってからお越しください」
「綺麗とは――こんな感じで良いよな?」
ブリルーノがあえて指を一振りする姿を見せながら洗浄の魔法を使うと、日常汚れでくすんでいたローブが新品同然に変わった。
使者は、一瞬でローブの見た目が変わったことに驚いた様子だったが、相手が宮廷魔法師だから当然だなと納得した顔に変わる。
「それならば良いでしょう。では明日の昼前までに、謁見の間にお越しください」
一礼して去っていった使者を見送ってから、ブリルーノは面倒臭いなと溜息を吐き出す。
その溜息を聞きつけたのか、詰め所に同室していた同僚のケレーゴが近寄ってきた。
「死にかけていたノブローナ妃を助けた褒美、ってわけですか?」
「大袈裟だと、俺様は思っているがな。あんな楽な仕事で褒美を貰っては、逆に申し訳なくなる」
「かー、これだから天才は。筆頭殿以外に、ノブローナ妃を助けられた人がいるはずがないじゃないでしょうに」
「あのとき、この部屋に居たのが俺だけだったからだ。他の宮廷魔法師がいれば、そいつの功績になっていても不思議じゃない」
「でもその場合は、ノブローナ妃か腹の子かの、どちらかが死んだ可能性が高いのでしょう?」
「……妊婦と腹の中にいる赤子に使うことができる魔法ぐらい、宮廷魔法師なら予想できるはずだ」
「予想できても、魔法をちゃんとかけられたかは別の問題では?」
ブリルーノはこれから先の面倒事を避けるため事態を矮小化しようとしているのだが、ケレーゴはそれに対抗するように功績を過剰に盛ろうとしている。
二人の言葉の掛け合いは平行線をたどり、やがてブリルーノの方が不毛だと判断して折れた。
「分かった。お前が俺様を高く買ってくれているってことがな」
「偉大な筆頭様なのだから、国王の褒美なんて、さらっと受けとっときゃいいんですよ」
「そう簡単に判断できるものではないんだがな」
貴族に生まれた人間なら誰もが知る格言に、宝物を持つ者はその宝物に見合う行動を取らねばならぬというものがある。
例えばだ。他に二つとない宝物を入手したのなら、盗まれないように厳重な宝物庫を建てる。領地内に作物が良く育つ土地があるのなら、そこを開墾して水路を引き、食料生産を最大化させる努力をする。得難い人物を雇えたら、働きに見合った報酬を与える。
その格言に従うのなら、国王からの褒美を受け取ったのなら、その褒美に見合うだけの働きを授受者は行わなければいけないことになる。
そういった道理を弁えているからこそ、ブリルーノは何を指せられることになるのだろうと気がかりで、あわよくば褒美を辞退しようとしていたのだから。




