13話
貴族家が魔法を妊婦に使い始めかねないという懸念の一つが手遅れであるという見解を、ブリルーノは示した。
それを受けて、ノブローナは検めて妊婦に魔法を使う危険性を、ブリルーノに質問する。
「貴殿は魔法を使い、出産を助けた。本当に妊婦に魔法を使うことは危険なのであろうか?」
「危険だ。俺様が使用した魔法とて、出力の程度や使い方を誤れば、大事故になりかねないものだったからな」
「ほほう、それほど危険なものを使ったと?」
「俺様ほどの腕前であれば、妊婦の危険にならない魔法の要所は押さえられる。だからまあ、俺様ほどの腕前を持つ魔法使いであれば、出産に立ち会わさせるのも無理ではないな」
「それほどの腕前の者が、宮廷魔法師以外にいるのであろうかな?」
「さて、それは知らないとしか言えない。一人ぐらい腕前の良い魔法使いを抱えて居そうな貴族家はチラホラと耳にするが」
冗談めかして答えてはいるが、ブリルーノの答弁は一貫して、妊婦に下手な魔法は使うべきではないというものである。
その意見は、正しくノブローナに伝わった。
「貴殿の意見とあれば、王家から通達を貴族たちに送るとしよう。妊婦に魔法を使ったのは緊急性の高い難産ゆえの特殊な措置であり、通常の出産では決して使いはしなかったのだと」
「そうしてくれると、大変に助かる。魔法で要らぬ命を奪ってしまうのは、魔法使いとして看過できない事態なので」
話が一段落ついたものの、ここでノブローナは話題を先のものに戻した。
「やはり正しく魔法を使う認知を広めるために、貴殿が出産に立ち会うことは必須だと思うのであるのだが?」
諦めない姿勢に、ブリルーノは別方向の切り口から説得することにした。
「……あえて言わせていただくが、ノブローナ王妃は正常な判断が下せる状態ではないご様子だ」
「いまの我は正気ではないと?」
「難産という命の危険を体感したことで、同じ目に合いそうな存在に対して、不必要なほどに同情的になられている。そういう自覚はないと?」
ブリルーノが指摘すると、ノブローナは咄嗟に言い返そうと口を開いたが言葉までは出てこなかった。
ノブローナは一度口を閉じると、じっくりと思慮を重ねてから再び口を開いた。
「妊婦に対して同情的になっていると否定はできぬよ。出産中は生むことに必死で意識の外であったが、生み終えた後で安静にしていると、ふとした瞬間によく助かったものだと震えが来るのよ。それゆえに、あんな体験はしない方が良いと、そう思ってしまうことは止められぬ」
「厳しいことを口にするが、それは王妃の意見ではなく、ノブローナという女性の意見。宮廷魔法師という国家の杖を振るうには、足りないものが多い考えでしかない」
「……ふふっ、厳しいことを言う。だがその通りでもある。王妃、しかも第一の王妃ともなれば、浅慮な真似はしてはならないものか」
ノブローナは、カップの中の茶を飲み干すと、ブリルーノの目を改めて見返した。
「用件はこれで終わりよ。茶を楽しんで」
「いえ。これを飲み終えたら、お暇いたすとも」
ブリルーノも残っていた茶を飲み干し、椅子から立ち上がって部屋の外へと足を向ける。
「では、お茶の御招き、ありがとうございました」
この退室の言葉は、ノブローナからの提案はなかったという宣言だ。
ノブローナはブリルーノの律儀な態度に苦笑を漏らすと、退室の挨拶は受け取ったと身振りで返した。




