12話
ノブローナが朝食を食べ終え、使い終わった食器が片付けられ、新たに茶器がテーブルの上に並べられた。
カップの数は二つ――ノブローナの分と、ブリルーノの分だ。
ブリルーノが大人しく対面に座ると、ノブローナは濃く入れられた茶をカップで口に運ぶ。
「この痺れるような茶の渋み。妊娠中は淹れてくれなかったから、とても久しぶりであるな」
「茶の感想より、どうして宮廷魔法師を出産の手伝いに狩りだしたいかの理由を話してもらいたいのだが」
「ふふっ、分かっているわ。訂正しておくが、出産の手伝いをして欲しいのは、宮廷魔法師ではなく、貴殿にであるからな」
こっそりと言葉に含ませた、別の宮廷魔法師を代役にしようというブリルーノの企みはあっさりと潰えた。
ブリルーノは、ノブローナが強敵であると認識を新たにして、説明を身振りで促した。
ノブローナは、カップの茶を一口飲んでから、まずはと貴族界隈の事情を語り始める。
「貴殿も貴族家に生まれた子であれば、知っておるであろう。王家に子が生まれれば、貴族家も同年代の子を設けようとすることをよ」
「同年代の子であれば、王家の子と仲良くなる可能性は高くなる。仮に王家の子の親しい友人となったのならば、未来の要職は約束される。まあ生憎と、王家の子と同年代にならなかったので、そういった縁には恵まれなかったが」
「そう貴殿も知っているように、貴族家は王家の子と同年代の子をしている。逆を返せば、我が妊娠が知られたときから、いやラゴレフケトラスが我と閨を供にしたという情報を耳にした日に、各貴族家は奥方ないしは側女に種を仕込むのよ」
貴族家の家を保つための処世術の一つとはいえ、改めて聞くと悍ましいと、ブリルーノは嫌悪感を持つ。
一方でノブローナは、仕方がないことと受け入れている態度だ。
「先日、我と第三妃の子が生まれたからな。今年に生まれた子は、二倍の機会を得られて万々歳といったところよ」
「話の流れはわかった。各貴族家に、最低一人ずつは妊婦がいる可能性があるわけだ」
「ふふっ。妊娠適齢期でない者が当主の家もあるであろうが、その場合は家の関係者が妊娠している可能性がある。これからは、ポコポコと赤子が生まれる時期が来るであろうな」
ノブローナは一度言葉を切ると、ブリルーノに真っ直ぐな視線を向ける。
「体験して身に染みた。出産はまことに命懸けであると。その命懸けの行為で落命せぬためには、貴殿の力が必要であるとも」
「力をかってくれることは嬉しいが、現実的じゃない。なにせ多くの貴族家に妊婦がいるのなら、出産日が重なることだってあり得る。俺様の体は一つきりだ。圧倒的に手が足りん」
「分かっておるとも。故に貴殿に任せたいのは、まともな医者や産婆が手配できないような貴族家や、難産で助けを必要とする家のみにしたい」
ノブローナの提案は、話を聞く分にはまともに感じる。
しかしブリルーノは問題があることを理解していた。
「貧乏な貴族家には感謝されるでしょうが、ケチな貴族家から不公平だと文句がでる。それと難産の妊婦を助ける場合、難産だと分かってから駆けつけたのでは、命を助けられない可能性が高い。そも難産だと分かって出産に入る妊婦など、居はしないはず」
「ふむっ、言われてみれば、その通り。では、どうすればよいのか?」
「その役目を担いたくないというのが、こちらの意見なのだが?」
「そうはいかん。助かる命は確実にあるはずよ、諦められぬ」
ノブローナの意見を曲げない様子に、ブリルーノは頭を抱えそうになる。
(純粋に貴族の妊婦を助けたいと思っているのか? それとも、難産の妊婦を宮廷魔法師に助けさせて、その助けは王家が派遣したからだと恩を着せるただったりするか?)
ブリルーノは事情を深読みしながら、真っ当な改善案を出すまで放してくれそうにないと諦めた。
「宮廷魔法師は国王の杖。故に助ける貴族家は、国王に近しい者や国王の役に立っている家。そして幾つかは、国王と敵対的な家。そう派遣先は限定するべきだ」
「国王に近く、役に立っている者は理解できる。なぜ敵対者の家にまで?」
「国王派の者にだけ恩恵を与え、その反対の者を冷遇すれば国が割れるからだ。逆に、敵対派閥のいくつかに王家が手を貸せば、敵対派閥を割ることが出来るかもしれないからだ」
「ほほう。悪いことを考えるものよ」
「宮廷魔法師を便利使いしたいのなら、このぐらいの企みはやって然るべき。そも、隣国の侵攻を阻んだり、魔物退治に狩りだしたりするときも、この手のことはやっているはず」
「貸しを作らせて、王家に従順させることは、よくやっておるよな」
楽しげな表情のノブローナに、ブリルーノは呆れ顔を返しながら改善意見を続ける。
「派遣先は、一つの案件が片付いた後で、新たに決定する方針の方が良いでしょう。出産が一日で終わないことは、体験されたはず」
「なるほど。下手に事前に予定を組んでしまうと、妊婦の出産時間によって狂いが出る。その狂いで助からぬ命があった場合は、非難は予定を狂わせた家に向かいかねぬか」
「そして一番大事なのは、宮廷魔法師を出産に介在させたことを、あまり大っぴらに伝えて欲しくはないというものもある」
「ん? なぜだ?」
不思議そうに聞いてくるノブローナの後ろ、使用人の何人かが身を強張らせたのが見えた。
(昨日か今朝のうちに、連中は後宮ではない場所の誰かに世間話で伝えてしまったようだな)
情報統制は失敗していると理解できたので、理由を語る意味が消失してしまった。
それでもブリルーノは、理由を口にすることにした。
「出産の際に魔法使いが有用だと知れば、妊婦を抱える貴族家も魔法使いを出産に使おうとする。妊婦に魔法をかけてはならぬという慣例を忘れた上で、その魔法使いの腕前がどんなヘボでもだ」
「まさか、そんな愚かな真似を」
「全ての貴族家ではしなくとも、まともに情報を精査しない家であれば行うはず。魔法使いは出産に有用だった、という情報を鵜呑みにして」
だが、もうその流れは出来てしまっていると、ブリルーノは肩をすくませる。
「難産で失われかけた第一王妃と子の命を助けた話は、もう色々な方面に伝わっているだろうから、情報統制は無理でしょうがね」
「宮の外では、もう噂になっておるのか?」
「劇的な話であればあるほど、人の口から口へと流れてしまうもの。今日の昼には王都の街中でも耳にするようになるはず」
ブリルーノがチラリと使用人に目を向けると、余計な真似をしでかしてしまったと顔色を青くしている者がチラホラと。
(だが仮に、あの使用人たちが口を噤んでいたとしても、噂は流れていただろうな)
昨日のノブローナの出産中には、多数の学舎や医者が部屋の中にいた。部屋の外にも、多数の貴族や木っ端魔法使いたちが詰めかけていた。
その学者や医者が仲間内に出来事を語ったり、部屋の中の様子を盗み聞いた貴族や魔法使いが周囲に話し回ったりしているに違いないのだから。
もっとも、下手なことを周囲に言わない方が賢明だという教訓を身につけさせるために、ブリルーノはその予想を使用人たちに語って聞かせたりはしなかった。




