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インタープリターはネゴシエーター  作者: 双鶴


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9/12

8話

控室の午後。

ひかりは、若手通訳たちに囲まれていた。

コーヒーとクッキーを囲みながら、誰かが言った。


「朝倉さんって、失敗したことあるんですか?」


ひかりは笑った。


「あるわよ。通訳者は、失敗の数だけ空気を読めるようになるの」


若手たちが身を乗り出す。

ひかりは、指を3本立てて言った。


「訳しすぎた日。訳さなかった日。訳せなかった日。どれが聞きたい?」


佐野が言った。


「全部、聞かせてください」


---


訳しすぎた日


「We are deeply disappointed. This partnership is a mistake. We regret everything.」


新人時代のひかりは、すべてを訳した。


「我々は深く失望しています。この提携は間違いでした。すべてを後悔しています」


会場が凍った。

日本側の代表が、無言で席を立った。


(訳した。でも、壊した)


その夜、先輩に言われた。


「通訳は、言葉の爆弾処理班よ。爆発させたら、意味がない」


---


訳さなかった日


「I don’t trust them. They smile too much. It’s suspicious.」


ひかりは、訳さなかった。

ただ、静かにマイクを切った。


会場は沈黙に包まれた。

その沈黙が、何より雄弁だった。


(訳さないことで、伝わることもある)


---


訳せなかった日


「The pain of losing my child is beyond words. I just wanted someone to listen. Not translate. Just listen.」


ひかりは、マイクに手を伸ばせなかった。

言葉が、喉で止まった。


その場にいた全員が、ただ黙っていた。

誰も訳さなかった。

誰も訳せなかった。


(通訳は、言葉を訳す仕事じゃない。沈黙を守る仕事でもある)


---


若手たちは、静かに頷いた。

佐野が言った。


「通訳って、言葉の職人じゃなくて、空気の守護者なんですね」


ひかりは、コーヒーを飲みながら答えた。


「そうよ。通訳は、ネゴシエーター。

言葉の裏にある感情と沈黙を、編み直す仕事なの」


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