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インタープリターはネゴシエーター  作者: 双鶴


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8/12

7話

雨の音が、控室の窓を叩いていた。

ひかりは、古い録音テープを手にしていた。

それは、彼女が通訳者として初めて現場に立った日の記録だった。


(あの日、私は“訳すこと”しか知らなかった)


テープの中の声が流れる。


「We don’t trust them. They smile too much. It’s suspicious.」


ひかりの若い声が続く。


「我々は彼らを信用していません。笑顔が多すぎて、疑わしいです」


沈黙。

会場の空気が凍る。

日本側の代表が、顔をこわばらせる。


(訳した。でも、伝わらなかった)


その夜、ひかりは先輩通訳に言われた。


「言葉は、訳すだけじゃ足りない。空気を読まなきゃ。小宰相のようにね」


「小宰相…?」


「姫君の“嫌い”を、“ご体調がすぐれないようです”に変える侍女よ。通訳も、そういう仕事」


ひかりは、その言葉を胸に刻んだ。


それから数年後。

彼女は、同じような場面に立っていた。

今度は、こう訳した。


「相手側に対して、慎重な姿勢を求める声が上がっています」


心の声:


(“信用してない”は、訳さない。“慎重”に変える。場を壊さず、意味を残す)


控室で、若手通訳の佐野が尋ねた。


「朝倉さん、昔は直訳してたんですか?」


ひかりは、テープを止めて答えた。


「ええ。訳して、壊したことがあるの。だから今は、訳さないことも選ぶ」


佐野は黙って頷いた。


ひかりは窓の外の雨を見ながら、静かに言った。


「通訳は、言葉を訳す仕事じゃない。

沈黙を守る仕事よ。

そして、過去の自分を、少しずつ編み直す仕事でもあるの」


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