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インタープリターはネゴシエーター  作者: 双鶴


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5/12

4話

会議室の空気は、冷房よりも冷たかった。

日本の大手商社と、アメリカのエネルギー企業。

契約金額は数十億。

ひかりは、若手通訳・佐野とともに、ダブル体制でブースに入っていた。


佐野は緊張で手が震えていた。

ひかりは、彼の水のボトルをそっと押し出す。


(今日は“言葉の刃”が飛び交う日。訳すだけじゃ、切られる)


交渉が始まる。

アメリカ側の代表が、いきなりこう言った。


「Frankly, your offer is laughable. We expected better from a company of your size.」


佐野がマイクを取る。


「率直に言って、あなた方の提案は笑えるものです。我々はもっとマシなものを期待していました」


日本側の空気が凍る。

沈黙。

重役が眉をひそめる。


ひかりは、すぐにマイクを取り直す。


「率直に申し上げて、今回のご提案には、我々の期待とのギャップがございます」


心の声:


(“笑える”は、訳さない。“ギャップ”に変えるだけで、交渉は続く)


佐野が小声でつぶやく。


「すみません…直訳しすぎました」


ひかりは、目を合わせずに言った。


「大丈夫。言葉は戻せないけど、空気は整えられる」


交渉は続く。

日本側が条件を提示する。

アメリカ側が応じない。


「We’re not here to play games. Either you move, or we walk.」


ひかりの訳:


「我々としては、真剣にこの交渉に臨んでおります。ご提案に柔軟な対応がなければ、別の選択肢も検討せざるを得ません」


心の声:


(“ゲームじゃない”を“真剣に”。“出ていく”を“検討”。交渉は、言葉の温度管理)


佐野が、ひかりの訳を聞きながら、メモを取っている。

その目に、何かが灯る。


交渉は膠着したまま、沈黙が流れる。

ひかりは、あえて訳さない。

沈黙をそのまま、訳す。


(この沈黙は、訳すべき。沈黙は、最強の交渉カード)


やがて、アメリカ側が折れる。


「Alright. Let’s talk numbers again. Maybe there’s a middle ground.」


ひかりの訳:


「では、改めて条件を見直しましょう。お互いにとって納得のいく着地点を探したいと思います」


会議室の空気が、わずかに緩む。

佐野が、ひかりの横で小さくつぶやく。


「沈黙も、訳すんですね…」


ひかりは、初めて彼の方を見て、微笑んだ。


「沈黙は、最も雄弁な言葉よ。訳すというより、残すの」


会議が終わり、商社の重役がひかりに頭を下げる。


「朝倉さんがいてくれて、本当に助かりました。まさに勝利の女神ですな」


ひかりは、佐野の方を見て言った。


「いえ、今日は“勝利の見習い”も、いい仕事をしましたよ」


佐野は、照れくさそうに頭を下げた。


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