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インタープリターはネゴシエーター  作者: 双鶴


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4/12

3話

会場は文芸誌の記者たちで埋め尽くされていた。

今日のゲストは、アメリカのベストセラー作家、エリオット・マクレガー。

社会批評と暴力描写で知られる、いわば“言葉の暴走機関車”。

ひかりは、ブースに入る前に資料を閉じ、静かに目を閉じた。


(今日は、沈黙を訳す日かもしれない)


司会者が紹介する。


「それでは、世界的作家、エリオット・マクレガーさんです!」


エリオットは登壇すると、開口一番こう言った。


「Japanese literature is too quiet. Too polite. Where’s the sex? Where’s the violence? Where’s the rage?」


ひかりは、マイクをオンにして、静かに訳す。


「日本文学の繊細さと静けさに驚いています。より刺激的な表現も探求したいと感じました」


心の声:


(“礼儀正しすぎる”を“繊細”に。“暴力と性が足りない”を“刺激的な表現”に。文学って、訳すより編むもの)


記者が質問する。


「日本の読者に向けて、どんな作品を書きたいですか?」


エリオットは笑いながら答える。


「Something that makes them uncomfortable. Something that makes them scream. Literature should hurt. Otherwise it’s just decoration.」


ひかりの訳:


「読者の感情を揺さぶるような作品を書きたいです。文学は、時に痛みを伴うべきだと考えています」


心の声:


(“叫ばせたい”を“揺さぶる”に。“痛み”はそのまま。今日は少しだけ、訳さずに残す)


会場がざわつく。

司会者が慌てて話題を変える。


「では、日本の文化については?」


エリオットは少し考えてから言った。


「I love the food. I love the trains. But I don’t get the obsession with politeness. It feels like everyone’s wearing a mask. Even the dogs bow.」


ひかりの訳:


「日本の食文化や交通システムには感銘を受けました。一方で、礼儀作法の徹底には驚かされます。まるで皆が仮面をつけているような印象も受けました」


心の声:


(“犬までお辞儀”はカット。“仮面”は残す。文学者の比喩は、時に訳す価値がある)


そして、会見は終盤へ。

司会者が定番の一言を投げかける。


「それでは最後に、日本のファンの皆さんにひとことお願いします!」


エリオットは目を細めて言った。


「One word? Okay. Scream.」


沈黙。

会場は一瞬止まり、そしてなぜか拍手が起きる。

「叫べってこと?」「文学的だ!」と記者たちが騒ぐ。


ひかりは訳さない。

ただ、マイクを切って、目を伏せる。


心の声:


(“叫べ”は、訳すより、感じさせる言葉)


若手通訳が隣でつぶやいた。


「朝倉さん、訳さないんですか?」


ひかりは微笑んで答えた。


「文学は、沈黙の中にあるのよ。訳すより、残す方が深い時もある」


会見が終わると、スタッフがひかりに言った。


「今日も場が荒れずに済みました。さすがです」


ひかりは、毒と詩を混ぜた作家を見送りながらつぶやいた。


「言葉は、訳すより、編むもの。ときどき、ほどくものでもあるけどね」


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