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インタープリターはネゴシエーター  作者: 双鶴


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3/12

2話

記者会見場は、前回よりも静かだった。

今日のゲストは、ハリウッドの演技派俳優、リチャード・グレイ。

渋い顔立ちに、黒のタートルネック。

口を開けば、辛辣な言葉が飛び出すことで有名だ。


ひかりは、通訳ブースに入る前に深呼吸をした。

「今日は毒消し役ね」と、心の中でつぶやく。


司会者が紹介する。


「それでは、世界的俳優、リチャード・グレイさんです!」


リチャードはゆっくり登壇し、椅子に腰を下ろすと、開口一番こう言った。


「This movie was a mess. The script was garbage. But the director? Genius. Absolute lunatic genius.」


ひかりは、マイクをオンにして、落ち着いた声で訳す。


「この映画には課題がありましたが、監督の手腕は天才的でした。型破りな才能に驚かされました」


心の声:


(“ゴミ脚本”を“課題”に変換。“狂人”を“型破り”に。今日も翻訳じゃなくて調整)


記者が質問する。


「日本の映画についてどう思われますか?」


リチャードは即答した。


「Too slow. Too quiet. Too polite. I fell asleep twice.」


ひかりの訳:


「非常に繊細で静かな表現が印象的でした。時に眠りに誘われるほどの静謐さでした」


心の声:


(“退屈”を“静謐”に変換。詩人か私は)


会場がざわつく。

司会者が慌てて話題を変える。


「では、日本の文化については?」


リチャードは少し考えてから言った。


「I don’t get the bowing. Everyone bows. Even the vending machines feel polite. It’s weird. But charming.」


ひかりの訳:


「日本の礼儀作法には驚かされました。自動販売機まで礼儀正しく感じるほどです。独特で魅力的ですね」


心の声:


(“変”を“独特”に。“でも好き”を“魅力的”に。通訳って、言葉の整形手術)


そして、会見は終盤へ。

司会者が定番の一言を投げかける。


「それでは最後に、日本のファンの皆さんにひとことお願いします!」


リチャードは眉をひそめる。


「A word? Just one? That’s a strange tradition. Okay then… Sushi.」


会場が爆発した。

拍手、歓声、カメラのフラッシュ。

「寿司って言った!」「日本愛してるってことだ!」と記者たちが騒ぐ。


ひかりは訳さない。

ただ、マイクを切って、目を伏せる。


心の声:


(“寿司”で沸くって、もう呪文の域)


若手通訳が隣でつぶやいた。


「朝倉さん、訳さないんですか?」


ひかりは微笑んで答えた。


「言葉じゃないのよ。音と空気。訳す必要、ないでしょ?」


会見が終わると、スタッフがひかりに言った。


「今日も場が荒れずに済みました。さすがです」


ひかりは、タートルネックの毒舌俳優を見送りながらつぶやいた。


「毒も、空気に溶ければ香りになるのよ」


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