1話
記者会見場は、照明が強すぎるほど明るかった。
ひかりは、通訳ブースの中で静かにマイクを調整していた。
今日のゲストは、世界的に人気のアメリカ人歌手、ジャスティン・ロメロ。
金髪にサングラス、そして破裂寸前のテンション。
司会者が紹介する。
「それでは、世界のトップスター、ジャスティン・ロメロさんです!」
ジャスティンはステージに飛び出し、叫んだ。
「コンニチハ!」
会場が爆発した。拍手、歓声、カメラのフラッシュ。
司会者は「おお〜!」と叫び、記者たちは「日本語が出ました!」とメモを走らせる。
ひかりは訳さない。マイクに触れず、ただ目を伏せる。
心の声:
(それだけで沸くの、ほんとに?)
ジャスティンは続けた。
「YEAH JAPAN! You guys are freaking insane! I love this crazy energy!」
ひかりは、マイクをオンにして、微笑みながら訳す。
「日本の皆さんの熱気に圧倒されています。最高のエネルギーを感じています」
心の声:
(“狂ってる”って褒め言葉なのよね。たぶん。いや、たぶんじゃない。確信)
ジャスティンはさらに畳みかける。
「I mean, I saw a guy in Pikachu pajamas at the airport. That’s wild, man!」
ひかりの訳:
「空港でピカチュウのパジャマ姿の方を見かけました。日本の自由な表現に驚きました」
心の声:
(“野生だぜ”を“自由な表現”に変換するのは、もはや芸術)
会見が終盤に差し掛かる。司会者が定番の一言を投げかける。
「それでは最後に、日本のファンの皆さんにひとことお願いします!」
ジャスティンは一瞬黙り、困った顔をする。
「Uh… Hi? I guess? Love ya? Sushi forever?」
ひかりは訳さない。マイクに触れず、ただ目を伏せる。
心の声:
(“ひとこと”って言われても、何を?ってなるよね)
司会者が焦って促す。
「えーと…“日本の皆さんにメッセージ”を…」
ジャスティンは再び叫ぶ。
「ニホンダイスキ! サヨナラ!」
会場は総立ち。
「サヨナラ!」「サヨナラ!」「サヨナラ!」と合唱が始まる。
ひかりは訳さない。
心の声:
(別れの言葉で盛り上がるって、どういう感性?)
若手通訳が隣でつぶやいた。
「なんか…日本語って、魔法みたいですね」
ひかりは肩をすくめて笑った。
「魔法じゃないわ。呪文よ。意味より、響きが大事なの」
会見が終わると、スタッフがひかりに言った。
「やっぱり、朝倉さんがいると場がまとまりますね。勝利の女神ですよ」
ひかりは、マイクを外しながら答えた。
「私はただ、空気を訳してるだけです」




