第9話 復讐
イースは、犯人を捜し続けた。
そして、ようやく容疑者を見つけた。
自分が、ハゲントスを殺して仇をうってやる。
「嫌だ。俺じゃない!!死にたくない‼誰か助けてくれ‼助けてくれたら金だって払う!あんた達が襲われた時に、身代わりになってもいい」
ハゲントスは、金切り声で叫びながら助けを求める。
「金?いくら払ってくれるんだよ」
オシリスがニヤニヤしながら尋ねる。
「一億ラリアだ!!!そうだ。俺が一生かかって払う」
ハゲントスは、オシリスをすがるように見ながら必死にそう叫ぶ。
「そういうことなら助けてやってもいいけど」
オシリスは、剣を抜いて近づいてくるが、剣を持ったメラが立ちふさがった。
「ちょっと待った。殺人犯の言うことを信じるの?一億ラリア持っている人間なんて、国王か、貴族くらいよ。都合のいいこと言って逃げられるだけよ」
「……お、お、俺は、商人で、たくさん儲けていてそれくらいすぐに払えるんだ!本当だ。信じてくれ」
ハゲントスがそういうが、オシリスは半信半疑になっていた。
「あたしは、そんなクズやってしまうのに賛成よ。あたしの知り合いの彼女も、そいつに殺されたのよ。こんなクズの力を借りなくなったあたしたちは、十分強いわ」
そうメラが声をあげる。
「そうだな。俺も賛成だ」
アルキンも、メラに賛成する。他のものは、何も言わなかったが、イースの復讐を止めようとしなかった。
「誰か……俺を助けてくれ!!死にたくない!死にたくない!死にたくない‼誰か助けてくれ‼俺を見捨てたら、お前たちだって人殺しだ!俺を見殺しにしたんだ。人殺しは、地獄に堕ちるぞ!」
「うるさいから、黙れよ」
イースが首に当てた剣にさらに力を込める。すると、血がダラダラと流れ落ちた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ハゲントスが叫び声をあげながら、失禁した。
「ちっ。臭ぇな。お前、何で首を集めたんだ?」
「あが。俺はやっていない」
「どうせやってもやっていなくても殺すから、最後くらい正直に生きろよ」
ハゲントスは、諦めたようにため息をついた。
「……美しい女の首をたくさん集めて飾りたかった。彼女たちが醜くなる前に、時を止めて永遠にしたかったんだ」
「お前のことなんか理解できない」
「俺には、君たちが理解できないよ。どうして他の人は、生首が欲しいとか、人を殺したいとか思ったことがないのだろうか。人には、生存本能も、美しい物を愛する気持ちもあるのに。俺には、君たちのことが理解できない」
「奇遇だな。俺も、お前が全く理解できない」
イースの頭には、怒りのあまり血管が浮き出ている。
「俺も、少しだけ収集癖があっただけだ。最初は、石だった。川辺や、庭……そんな場所で石を集めることが大好きだった。次に集め出したのは、花だった。ひまわり、あじさい、薔薇、すみれ、菜の花……。いろんな季節の花を集めてまわった。花は、すぐに枯れてしまうため、ドライフラワーや栞のようにした。美しい花の時を止めて永遠にすることは、特別な儀式のように思えた」
ハゲントスは、ぼそぼそと自分の過去を語りだした。
「やがて、俺は、恋をした。亜麻色の髪に琥珀色の目をしたというタチアナという少女だった。彼女と結婚して、共に人生を歩みたかった。だけど……」
「あなたは、ウィルソン家の娘と結婚していたでしょう」
メラが、ハゲントスを非難するようにそう言った。
「ああ。仕方がなかったんだ。それでも、タチアナに、俺の愛人になって欲しいと告げた。彼女は、庶民のくせに、貴族の俺の申し出を断ったのだ。それでも、彼女が欲しかった。だから、俺は、彼女を生首にした。生首にした彼女は、今まで俺が集めたどんなものよりも美しく特別なものだと思った。ついに、完璧な作品を作ることができたのだ。彼女の美しさを永遠にしたのだ。これは、俺にしかすることができない特別なことだ」
それを聞いていたヨルドは、恐怖のあまり身震いをした。
(こいつは、頭がおかしい。全然、理解できない。あまりにも自分勝手すぎる)
しかし、ハゲントスは、怯える周囲の様子に気がつかず恍惚とした様子で「まるで、神様になった気分だった」と語った。
「きっと美しい女を枯れる前に時を止めることが俺の使命だ。これは、俺にしかできない特別なことだ。俺は、究極の芸術作品を作るために生まれてきたのだ。いつか、究極のコレクションが完成するだろう。その芸術を神様に捧げるんだ」
彼は、両手を広げ自分に酔いしれるように甘い声でそう言った。
「生首を集めることは、俺の使命だったんだ」
「もういい。お前がナタリーを殺したんだ。だから、俺は、お前を殺す」
しかし、その言葉にはハゲントスは「俺じゃない」と言った。
「お前以外に誰がいるんだ?」
「俺は、ナタリーを殺しちゃいない。俺が殺す前に、あいつは自殺していたんだ」
「嘘だ!!」
イースの脳裏が絶望で真っ赤に染まる。
(嘘だ。うそだうそだうそだ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。そんなことあるはずない。あってはならない)
「嘘じゃねぇよ。彼女は、死んでいたから俺が首を持って帰っただけだ。殺したのは、俺じゃない」
それを聞いたイースの両手が、ブルブルと震え出した。
(そんなバカな……。だとしたら、ずっと探していたナタリーを殺した犯人は、酷い言葉を言った俺じゃないか。そんなことあってはないけない。そんなこと認めたくない。ああ、そうだ。きっとハゲントスが嘘をついているんだ)
「嘘だ!!あんたが殺したんだろう。つまんねー嘘ついてるんじゃねぇよ!あんたのせいだ。あんたが、ナタリーの首を切ったんだ、この人殺しが‼」
イースは、苛立ちをぶつけるようにハゲントスを殴りつけると、彼の歯が吹き飛んだ。
「あがっ」
(こんなんじゃ足りない。もっと、もっと殴らないと。これじゃあ、ナタリーの無念が晴らせない)
鬼のような形相をしながら、ハゲントスを殴り続ける。
「うわあああああああああああああああああ‼ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。お前のせいだ。お前がナタリーの夢を壊したんだ。彼女は、女優になるっていう夢があったのに。そのために、故郷を離れてロナンに来たんだ」
「うっ……。うぐ……。あが…………」
イースの視界が涙でにじんでいく。涙は、頬をつたい唇の中に入った。
やりきれない感情を吐き出すように、ひたすらハゲントスを殴り続ける。もうハゲントスは抵抗する気力すらなさそうだったが、止まらなかった。
「お前が彼女の夢を……壊したんだ!!!」
その言葉は、ハゲントスに言っているのか、自分に言っているのかわからなかった。
ハゲントスのことも、自分のことも殺してしまいたかった。
「やめろ」
振り上げたイースの拳を、パピルスが掴んだ。
「俺の邪魔をするのか?」
パピルスを睨みつけるが、彼はハゲントスを見ながら「もう死んでいる」と言った。
「え……」
右腕をどかすと、力を失ったハゲントスが倒れていく。泥と血が混ざった場所に、ハゲントスの顔がドサッと落ちた。けれども、彼は、ピクリとも動かない。
(俺が……殺したのか……。こんな俺でも、仇を取れたのか……)
辺りを見渡すと、みんなが怯えたように血まみれの俺を見ている。目が合ったメラは、気まずそうに目を逸らした。
「お、俺は、悪くない!こいつが悪いんだ……。こいつが、ナタリーを殺したから……」
そう自分に言い聞かせようとしていたが、言葉につまる。
違う。ちがうちがうちがう。全て否定するように、首を小刻みに振る。
「違う。ナタリーは、俺のせいで自殺していたんだ。俺が悪かったんだ。こんなことなら、いっそ出会わなければよかったんだ」
「イース。一ついいか。どうして彼は、自殺した死体が、ナタリーだとわかったのだろうか」
ヨルドがそう聞いてきたが、言葉に詰まった。
そうだ。通り魔が、自殺した遺体がナタリーだと知ることができたのだろうか。
「おそらくハゲントスは、適当なことを言ったんだろうね。もしくは、今まで集めた首の一つに自殺した死体も含まれていたのかもしれない。ただ君の彼女が、自殺したとは思わない方がいい」
「でも……俺、その日、ひどいことを言ってあいつを傷つけたんだ。あいつが俺のせいで、自殺したのかもしれない」
「過去のことは知りようがない。でも、彼女は、君に出会えてよかったと思う。あんたは、優しい奴だから」
「……違うんだ。俺は……。俺は……。俺のせいで……。っぁ……ぁ…………」
言葉にならない声が嗚咽となっていく。
「お前は、仇を取ったんだろう」
「違う。違うんだ……。純粋な怒りだけじゃない。俺は、仇を取って、許されたかったんだ」
こんな罪悪感、捨ててしまえれば、どれほど楽になれるだろうか……。
もしも、真鏡が手に入ったら、過去に戻りたい。
全部、ナタリーと一緒にやり直したい。永遠の命も、天界の財宝も興味ない。神様になんてなれなくていい。
もう一度、彼女に出会って恋をして、彼女と一緒に夢を追いかけるんだ。才能なんてなくてもいい。傷を舐めあいながら、生きていきたい。
この愛おしい地獄をナタリーと歩みたい。
もっと彼女の夢を死ぬまで応援してあげたい。
ナタリーと一緒に年を取って、苦労を共にして、精一杯生きて死んでいきたい。彼女が、太っても年老いても愛し続けたい。
全部、やり直したい……。それができたら、どんなに幸せだろうか……。
イースは、力をなくして涙を流し続けた。




