第8話 イースの過去
イース・ハワードは、ルートピアの南にあるバラルド地方で、レオン・ハワードとカミル・モラレスの4番目の息子として生まれた。
従兄である剣が得意なナベリウスは、憧れの人だった。ナベリウスが大人5人相手に戦う姿を見たことがあるが、神がかった強さであった。
イースが8歳の時に、エリザベスの乱がおきて、まだ21歳であったナベリウスも魔剣遣いに選ばれた。そして、大活躍をして英雄と呼ばれるようになった。
いつしか、イースが自己紹介でイース・ハワードだと名乗ると、英雄ナベリウスと比べられるようになった。そして、ナベリウスと比べられてがっかりされることが増えていった。
それでも、剣士への憧れは消えなかった。朝から晩まで、手に血がにじむまで剣を振り続けた。
従兄への強烈なコンプレックスで思い悩んでいる時に優しい言葉をかけてくれたのが、幼馴染のナタリー・ウィルクスであった。ナタリーは、栗色の髪に茶色の瞳をした大人びた美少女で、貴族に生まれたくせに女優に憧れている変わり者と評判であった。
彼女は、剣術大会で負けたイースに向かって「大丈夫よ。あなたは、そのままでいいの」とハンカチを差し出してくれた。
「でも……俺……。全然、ナベリウスみたいになれない」
「いいの。比べる必要なんてないわ。舞台だって、いろんな人がいるから面白くなるの。夢なんて、簡単には叶わないの。失敗しながら追いかければいいの」
「ナタリー……」
彼女の温かい言葉に、胸がいっぱいになった。
「夢を追う人間同士、一緒に頑張りましょう」
そうやって向けられた笑顔は、日だまりのように温かかった。
努力を重ねた結果、イースは優秀な騎士へとなっていった。けれども、ルートピアでは、英雄ナベリウスの存在があまりにも大きかった。どれほどイースが頑張っても、偉大なナベリウスと比べられてしまうのだ。
同じころ、ナタリーも家族から夢を反対されて、自分の生き方について悩んでいた。二人は、お互いの悩みを打ち明け、痛みを分け合い、恋人になっていた。
そんな二人が出した結論は、駆け落ちだった。二人で、ルートピアを捨てて、二人のことや、ナベリウスを知る人がいないロナンで挑戦することを決意したのだ。
しかし、ロナンに来たイースたちは、思い描くように生きられなかった。イースは名誉騎士を目指したが、ロナンの騎士団では実力以上に、出身地や家柄が出世を左右した。女優を夢見ていたナタリーも、ルートピア出身ということで冷遇され安月給で何とか脇役をやらせてもらえただけだった。
それでも、お互い励ましあい、ボロボロの部屋を借りて頑張り続けたが、イースは騎士団として働くよりも、鍛冶屋の手伝い、料理人などの職業の方が好待遇であることに気がついていた。そして、人並みに給料がもらえている人間が羨ましくなり、30歳を迎えた時に、ついに夢を捨てる決意をした。同じようにナタリーにも無謀な夢を諦めてもらい、人並みに稼いで家事をして欲しいと望むようになっていた。
その話をナタリーにすると、彼女は、雷に打たれたようにショックを受けていた。そして、虚ろな目をしながら震えたのち「あなたは、夢を追いかけるよりもお金を稼ぐ方が楽しくなったんだ」と非難された。
「そうじゃない。非現実的な夢をいつまでも追いかけるより、平凡な家庭を築いて子供を持って幸せになろうって言っているんだ。努力は報われるとか、絶対じゃないんだ。わかるだろう。いつまでも、好きなことをしていて生きていたいとか夢物語なんだよ」
「でも……。私、まだ夢を捨てたくないの」
泣きそうな顔をするナタリーに、追い打ちをかけるように容赦なく言葉を続ける。
「そろそろ現実見ろよ。もう30歳になるだろう。ルートピア出身のナタリーが、ここで女優を目指すなんて無理があったんじゃないのか」
彼女の茶色の瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちていく。
「ナタリーは、夢を言い訳にして、嫌なことから逃げて楽をしたいだけじゃないの?」
「あなたは、変わってしまったのね」
そうだ。
自分は、変わった。
あの頃、彼女が美化されていた。彼女を幸せにすること自分の使命だと思っていた。彼女の夢を自分の夢のように応援していた。
今は、現実を生きるため、お金のことで頭がいっぱいだ。普通の生活をして、普通の悩みを持っている人たちが羨ましい。だって、仕方がなかった。現実は、想像以上に残酷だったのだから。
「イースだけには、そんなことを言われたくなかった」
「……」
自分だってこんなことを彼女に言いたくなかった。生活に余裕があったら、いつまでも彼女の夢を応援していたかった。けれども、温かいご飯や、清潔な服、ちゃんとした休暇に憧れてしまったのだ。
「あなたは、私の夢を誰よりも応援してくれたはずなのに……私に夢を追いかけるよりも、お金を稼いで欲しいのね」
「そういう意味じゃなくて……」
「もういい。1人にして」
ナタリーは、コートを羽織って、財布を持って家から出ていこうとした。
「こんな夜中にどこ行くんだ?危険だ」
「放っておいて。バーにでも行くわ。1人になりたいの」
そうぴしゃりと鋭い声で言われると、ついて行こうと思えなかった。彼女は、あっという間に出ていった。
次の日になったら、ナタリーは帰ってくるだろうと思っていたが違った。次の日の昼を過ぎても、ナタリーは帰ってこなかった。
急に不安になり、目撃者を聞いて探し回った。けれども、目撃者は見つからなかった。
そして、ナタリーがいなくなってから2日後、彼女は死体で見つかった。セーズ川の岸辺に流れていたのだ。
最初は、半信半疑だった。だって、その死体は、首がなかったのだから。
憲兵が見つけた死体を見ても、ナタリーだと信じたくなかった。でも、その死体は、ナタリーが出て行っていた時と同じ水色の服を着ていた。彼女の手の甲と同じ位置に、ほくろがあった。ナタリーと同じサイズの手をしていた。
首元を探る。そこには、自分がナタリーの誕生日にプレゼントしたネックレスがあった。
……彼女は、ナタリーだ。
イースの脳裏が、自分への怒りと絶望で埋め尽くされる。
(女優になるんじゃなかったのかよ。なんでなんでなんで俺たちばかり、こんな目に合わないといけないんだよ。何が騎士になりたいだ?彼女すら守ることができなかったじゃねーか。あの日、喧嘩をしなければよかった。俺があんなひどいことを言わなければ、ナタリーが出ていくことはなかった。彼女が死んだのは、俺のせいだ)
「恐らく例の殺人鬼に殺されたのでしょう。いつも首がなくなっているんです」
ロナンで首無し死体が見つかったのは、3件目らしい。いずれも、若い女性で首がなくなっているとのことだ。
(ちくしょう!!!よくもナタリーを殺したな!犯人を見つけて、ぶっ殺してやる。絶対に殺してやる……)
イースは、ナタリーの冷たい身体を抱きしめながら、そう固く誓った。




