第44話 勝負
すぐに後ろに下がって、状況を整理する。
「さっきよりも早くなっている!?自分に服従の魔術をかけたのか」
驚きのあまり、ヨルドの声が裏返った。
「ええ。そうすると、無駄な意思を排除して、効率的に動けるのよ」
フルレティは、ニタニタと笑いながら、ヨルドの眼球を狙ってきた。それを避けると、今度は、脇腹を狙われる。
「っ……」
さっきまでと違い、ヨルドは、防戦一方になる。
「もう勝つために、全部捨てるわ」
フルレティの剣が、ヨルドの頬を切り裂いた。
ヨルドは、逃げるように後ろに下がるが、切られた頬から真紅の血がダラリと流れ落ちた。
「はあ、はあ、はあ……」
ヨルドの息がすっかり荒くなっている。今日は、ぶっ続けで戦い続けている。体力の限界も近いかもしれない。
「きゃははははははは。今の私は、最強よ!!!」
フルレティは、確かに強い。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。諦めるのは、死ぬ時だけだ。
ヨルドは、背後に下がって口についた血を軽く拭った。
「お前がどんなに強くても、俺がお前を殺す!!!」
誰も守れない弱い自分は、もう捨てた。
呼吸を整えると、今度は、自分からフルレティの懐に飛び込んだ。
フルレティのスピードに必死で、喰らいつく。
その化け物じみた動きに、フルレティも驚いた。
「何で……。何で、何で、ただの人間がこんな動きをできるのよ!余計な感情に縛られない私は、今、無敵のはずよ。こんなのおかしいわ。あなたの名前なんか、聞いたことないのに」
フルレティは、パニックになりそうになりながら、全力で剣を振るう。
ルートピア出身のナベリウスとカイトの名前は、世界で有名であったが、その他の人間は、剣では、あまり名が広まっていなかった。
しかし、ヨルドが、覚醒したのは、今日が初めてではない。
こんな風に戦うのは初めてであったが、実は、もともと才能がある人間だったのだ。彼は、8歳の時、剣の天才と言われたカイト・ボナパルトを凌ぐ剣術をしたことがあった。
『ヨルド。お前は、俺以上に才能がある。天才だ』
ヨルドの剣にカイト・ボナパルトは、興奮した。
そして、こんな才能のある奴いないと確信したのだ。
けれども、ヨルドが成長するにつて、ヨルドは、そんな風に評価されることはなくなった。
剣術は、上手いけれど、才能があるわけじゃない。ラヴェルや、剣の師匠ジャックにすらも勝てなかった。もっと強い奴は、他にいくらでもいる。そんな風に評価されていた。
フィオリの道場にいたときも、ヨルドは、一番うまかったわけではない。ザドキエルに一度も勝てなかった。
ヨルドが幼い頃から、憧れていたのは、神になった英雄シルヴェスト・スノーであった。彼みたいに、強くなってみんなを守りたいと思う優しい心をしていた。そんな思いから、誰よりも練習に励んでいた。
けれども、そんなヨルドの成長を縛っていたのが、皮肉なことに彼の優しさだった。自分が誰かを傷つけたくない、殺したくない……そんな思いが、いつしか、彼の剣を鈍らせていた。とどめをさせるときにさせず、あえて優しい攻撃をしてしまう……そんなことが増えてしまった。
また、彼の周囲にいる人間も、王族であるヨルドに対して、激しい攻撃を避けるようになった。
それが、ヨルドの成長を鈍らせ、彼の評価に繋がっていた。
けれども、今、激しい怒りを抱いたヨルドの剣は、誰よりも強くなる。
殺す。
死んでも、殺す。
フルレティを倒して、ザドキエルを救う。
頭にあるのは、それだけだった。
「私は、この国で一番強いはずなのに!!!この国で一番強いリヒャルトを倒したのは、私だわ!」
「俺は、強いわけじゃない」
ヨルドには、フルレティのような輝かしい実績はなかった。ラヴェルにも、勝ったことはない。エリュジオンと一緒に、ディアネロを倒しただけだ。立派な肩書も、栄光も何もない。自信なんか少しもない。
「でも、お前だけは死んでも倒すと決めた」
「ちっ。死ぬのは、あんたの方よ」
フルレティは、ヨルドと対照的な性格をしていた。
小さい頃から、誰かを傷つけるや、いたぶることが大好きだった。だから、誰よりも強くなることを目指して、剣術をしていた。殺すことに一切ためらいがなかった彼女の剣は、どんどん速度をあげていった。
彼女が今まで殺そうとして殺せなかった人間も、支配しようと思って支配できなかった人間もいなかった。
守るために強くなった少年と、傷つけるために強くなった少女。
今、その剣が爆発するように激しく混ざり合う。
二人は、永遠の好敵手のように戦い続けた。
どれほど時間が過ぎただろうか。
フルレティの左手が、ほんの少しタイミングがずれた。
見つけた。
一瞬の隙をヨルドが捉えた。
フルレティ!!!ここが、お前の墓場だ!
ヨルドの剣が、フルレティの心臓付近を突き刺した。




