第40話 選択
ヨルドがザドキエルと、フルレティを探していると、リオンの情けない悲鳴が聞こえてきた。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい。助けてくれえええええええええええええええ」
声のした方を見ると、リオンが、スヴェンに殺されそうになっていた。リオンから激しい血も流れている。
「ちょっと待って。リオンがピンチだ」
ヨルドがそちらに行こうとするが、ザドキエルがヨルドの肩を掴んだ。
「そんなことより、さっさとフルレティを倒すべきです。あいつさえ倒せば、スヴェンは戦うのをやめますから」
「でも……。このままじゃ、リオンが死んでしまう」
フルレティを殺しても、リオンがいなければ、空白の王座を巡り、この国で内乱が起きるかもしれない。この国の人々は、これまで十分苦しんだ。平和の訪れを待っているに違いない。
「少しだけ待ってくれ」
「それなら、ヨルドが一人でリオンを助けてください。俺一人でフルレティを倒しに行きます。フルレティを殺せば、スヴェンだって止まるはずです」
「それは、あまりにも危険すぎる。フルレティは、あのリヒャルトを隷属できるほど強いんだ。さっき、俺たちも負けかけただろう」
そう忠告するが、ザドキエルはニッコリと笑った。
「あれは、油断していただけです。彼女は、僕一人で倒せます。僕よりも弱い分際で、指図しようとしないでください」
こいつ……頼りにはなるけど、性格は悪いな。
「俺は、お前より弱かったかもしれないけど、今の俺は違う」
「大した時間もたっていないじゃないですか。俺が、女相手に負けるわけありません。ヨルドなんていてもいなくても、大丈夫です」
「待って……」
ザドキエルは、それ以上しゃべるのは無駄だと言わんばかりに、1人で走っていく。
(俺は……リオンを助けるべきだ。リオンに協力する代わりに、真鏡を得る約束もしているから。でも、この選択で正しかったのだろうか。ザドキエルは、大丈夫だろうか……。ああ、もう。とりあえず、考えるのは、後だ。このままでは、リオンが殺されてしまう)
ヨルドは、リオンの方へと走り出した。
* *
ヨルドと離れたザドキエルは、悔しさで顔を歪ませていた。
(あんな風にフルレティに、吹っ飛ばされるなんて、どうかしていた。女なんかに負ける自分が許せない。さっきは、油断していただけだ。次は、必ずフルレティを殺す。俺は、完璧じゃなくちゃいけないんだ……)
そう考えていると、両方の手に軽そうな細い剣を持つフルレティの姿を見つけた。
フルレティは、ザドキエルを見て首をかしげた。
「あなたが生きているってことは、リヒャルトは、死んだのね」
「俺が殺しました」
この言葉で、フルレティが動揺して殺しやすくなればいい。そう思ったが、彼女は顔色を少しも変えなかった。
「そう」
ザドキエルの予想に反して、フルレティは、あっさりとリヒャルトの死を受け止めた。さっきも、ロドリゲスが死んで泣いていたのは、嘘泣きだったんだろう。
「悲しいですか?」
「いや、全然。でも、寂しいわ」
なんだ。この女にも人の心があったのか。あっさりとした反応をするから、全然傷ついていないかと思った。
「だから、新しいおもちゃが必要だわ」
ザドキエルは、その言葉に戦慄した。
フルレティは、ザドキエルを見ながら、新しいおもちゃを見つけた子供のように無邪気に笑った。
こいつに人の心があると思った自分が、バカだった。
この化け物は、自分が殺さなければいけない。じゃないと、多くの人の人生が壊されていくだろう。
「Shall we dance?」
そうフルレティは、ダンスに誘うように優雅に笑いながら、問いかけてきた。
「あなたの人生最後のダンスにしてあげます」
ザドキエルは、そう返事をすると、剣を構えフルレティのもとへ走り出した。
* *
カキンッ。
そんな激しい音を立てて、ヨルドは、リオンとスヴェンの間に飛び込んだ。
「大丈夫か、リオン‼」
振り返らないままそう問いかけると、「ああ……。何とか……」という弱弱しい声が聞こえていた。
しかし、リオンの手足からは、大量の血が流れている。
「くそっ。血が止まらない」
「早く止血をしろ。しばらく身体を休ませておけ」
「すまない、ヨルド」
「ああ」
ヨルドは、スヴェンと激しく打ち合いながら、今の状況を整理する。
リオンの止血がすぐに終わるわけない。止血ができたところで、彼がどれほど動けるか未知数だ。
「スヴェン。お前を殺さずに止める方法はないのか」
「そんなものはない。もうさっさと殺してくれ。ずっと暗闇をさまよい続けたような気分だ」
このままスヴェンと戦い続けたら、ザドキエルがフルレティを殺してくれるかもしれない。そうすれば、スヴェンを殺さないですむ。だけど、ザドキエルがフルレティに負けていたら、スヴェンを殺しておかなければ、スヴェンとフルレティを同時に相手にすることになってしまう。
勝つために、スヴェンは、殺すべきだ。
でも……スヴェンは、支配の魔術で操られているだけで、本当はいい奴だ。彼には、いろんなところを旅したいという夢もある。
そんな奴を殺したくなんかない。だけど、服従の魔術をかけられた人間は、気絶しても、寝ていても、強制的に起こされ、命令に従い続ける。服従の魔術は、死ぬまで続く。
ここで、スヴェンを殺さなくてはいけない。
幼い頃から、ずっとシルヴェストのような英雄に憧れていた。
誰かを救える人間でありたかった。
優しい人間でありたかった。あの時もそうだった。だから、敵に隙を見せてしまい悲劇を起こしてしまった。
きっと、いつも自分の手を汚すことを恐れていたんだ。
中途半端な偽善者だった。
いい人でありたかった。
だけど、今、覚悟を決める。
「悪い、スヴェン。今から、お前を殺す。俺は、ザドキエルのもとへ行かないといけないんだ」
その言葉を聞いたスヴェンは、すがるような顔をした。
「殺せるもんなら、殺してくれ。こんな地獄は、もう、うんざりだ」
「わかった」
ヨルドは、スヴェンと嵐のように激しく打ち合った。
一瞬でいい。
ほんの少しの隙さえあれば、彼を殺せる。
今だ‼
ヨルドの剣が、スヴェンの肩から腹にかけてパックリと切り裂いた。
切られたスヴェンのから、大量の血が噴き出す。
どうか、安らかに眠ってくれ……。
「ありがとう、ヨルド」
死ぬ間際のスヴェンの顔は、悪夢から解放されたように穏やかだった。




