第39話 芽生えていた思い
リヒャルトが、また右手を上げる。すると、大量の剣がヨルド達目掛けて降り注いだ。
「うわあ」
「うぐっ」
次々と人々が、串刺しにされていく。ヨルドも、剣を撃ち落としていくが、強い衝撃が加わり、腕がしびれでいった。
「お前も、服従の魔術で操られているのか」
そう問いかけると、リヒャルトは、両手を広げバカにするように笑った。
「だったら、戦うのをやめてくれるんですか」
「それは、無理だ。お前たちが俺たちを殺そうとするなら、お前を殺さないといけない」
「そうです。俺は、彼女の道具です。命令されたので死ぬまで止まりません。お互い殺し合いましょう。自分が死んでも、あなた達には、恨みはありません」
それなら、リヒャルトはいい奴だということか。どうにか彼も助けられないだろうか。
「お前もフルレティの被害者だろう。俺は、お前を殺したくない。他に何とかなる方法はないのか」
ヨルドがそう言うと、リヒャルトはヨルドの言葉を鼻で笑った。
「何、甘ったれたことを考えているんですか。俺とあなた達、どちらかが死ぬまでこれは、終わりません」
リヒャルトは、視界を良好にするように長い前髪をかき上げ、狂気に満ちた笑顔を浮かべていた。
「困ったことに、俺は、今、楽しいんです」
そして、彼は楽しそうに凶器を生み出し続ける。
「ちっ。クソ女のもとには、クソ男が集まるもんですね」
ザドキエルは、忌々し気に舌打ちした。
「さあ、もっと殺し合いを楽しみましょう!」
そう怪しげな微笑みを浮かべるリヒャルトは、狂気に取りつかれているみたいだ。彼の周りから、大量の剣や弓が飛んでくる。
「ぎゃあああああああああああああああああああ」
「あがっ」
「うぐっ」
「っ……」
次々と味方がやられていく。ヨルドも、自分の体力がどんどん消耗していくのを実感した。あとどれくらい自分がもつだろうか……。
「ダメですね。こいつら……。ミミズ並みに弱いですね」
ザドキエルの言葉は、ひどいが、ここにいた味方は、ほとんどやられてしまった。倒れている人間には、生きているものは他にもいるかもしれないが、戦えそうなのは、ヨルドとザドキエルだけである。
「あれ?あなたたちは、死ななかったんですね」
「がっかりしただろう」
「いえ。生きのいい獲物は、好きですよ」
狩人のように、リヒャルトの黒曜石の瞳がキラリと光り輝く。
「どうする?近づくと、武器の攻撃を受ける。だけど、離れているとろくな攻撃ができない」
「ヨルド。二手に分かれましょう。そして、攻撃が弱まった方が、突撃してあいつを殺す。それでいいですか」
こういう時のザドキエルは、本当に頼りになる。こいつの性格は、嫌いだったけど、こいつの剣の強さを疑ったことはない。
「ああ」
ヨルドとザドキエルは、左右に分かれて走り出した。リヒャルトは、ザドキエルを用心しているみたいで、ザドキエルから視線を離さない。そのおかげで、ヨルドが背後をとることができた。
相変わらず槍や剣が激しく飛んでくるが、リヒャルトは、こっちを見ていない。
(俺が、行くしかない)
ヨルドは、飛んでくる武器を高速で弾き飛ばしながら、リヒャルト目掛けて走り出した。
しかし、近づけば近づくほど、武器の量と速度が上がっていく。
「っ……。きつっ……」
ヤバい。腕の速度が追い付かなくなりそうだ。ちょっと油断したら、すぐに死ぬだろう。
顔から、大量の汗が浮かぶ。後ろに行って楽になりたい。だけど、そうしたら、リヒャルトを倒すチャンスが失われてしまう。
その時、リヒャルトからヨルドの攻撃が一瞬止まった。
ザドキエルに気を取られたのか。
今なら、近づける。
ヨルドは、全速力で走ってリヒャルトの背中で剣を振りかぶる。
しかし、おろした剣は、リヒャルトの握る剣によって受け流される。もう何回か攻撃をするが、容易に交わされる。
こいつ、剣術も強いのかよ!!さっきタンタを倒した時みたいに、上手くはいかなそうだ。
このまま打ち続けるのは、厳しいと思ったヨルドは、少し背後に下がった。すると、ザドキエルの方に大量に剣が飛ばされる。ザドキエルの肩から血が見えた。あっちの方には、もうこれ以上剣を飛ばさせるわけにはいかない。
ヨルドは、再びリヒャルトに向けて剣を踏み込んだ。絶対に、後ろに引くわけにはいかない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
必死で叫びながら、リヒャルトの攻撃を受け続ける。彼から飛んできた短剣で皮膚が切り裂かれた。くそっ。彼と打ち合いながら、飛んでくる攻撃を受けるなんて無理だ。よけきれない。
(ダメだ。やられる)
ヨルドが、死を覚悟した時、ザドキエルが投げた剣が、リヒャルトの胸を貫いた。
「あがっ……」
リヒャルトは、その場に崩れ落ちた。
倒れた場所から、血だまりができていく。
「はあ、はあ、はあ……」
ヨルドが、倒れたリヒャルトに向け剣を構えたが、リヒャルトが起き上がる様子はなかった。
剣を降ろしてザドキエルの様子を確認すると、彼も肩で息をしていた。
(こいつ、無茶しやがって……。なんてリスクのある攻撃をしたんだ!!)
ザドキエルがあの一撃でリヒャルトを殺せなかったら、ヨルドだけでなく、武器を失ったザドキエルも死んでいただろう。そんな危険な行為は、やめて欲しかった。あの時、自分が死んでも、ザドキエルだけは生き残って欲しかった。
でも、自分がザドキエルに言うべき言葉は、否定ではない。
「はあ、はあ……。ザドキエル……。助かった。ありがとう」
「そ、そんなことより、さっさとフルレティを倒しに行きますよ」
そうツンツンした態度で返事をしたザドキエルの頬は、赤くなっていた。意外と褒められることになれていないのか。
「ああ」
早く行かないと、みんな殺されてしまう。
ザドキエルは、リヒャルトに刺さった剣を引き抜き、ヨルドと走り出した。
* *
床に倒れたリヒャルトの視界が、ぼやけていく。手首に刻まれていた服従の印が、薄くなっていく。
(ようやく俺は、死ねるのか)
フルレティに服従の魔術をかけられてから、何度も死のうとしたが、死ねなかった。あいつの命令で、人を殺し続けた。
死の直前にリヒャルトが思い出したのは、家族のことや、昔の恋人とのことではなく、フルレティと過ごした時間だった。
* *
きらびやかな部屋には、フルレティが、白色のチーズケーキを食べていた。彼女は、普段とは違う真っ赤なドレスを着ていた。本当は、フルレティは、清楚な服より派手でキラキラした服の方が好きなのだ。
「このケーキ、美味しいわね。中に甘酸っぱいラズベリーが入っているところも、最高だわ。新しいシェフは、まだクビにしないでおくわ」
「今度は、4か月くらいもてばいいんですが。シェフを連れてくるのだって大変なんですよ」
「リヒャルト。いいから、さっさと紅茶をつぎなさい。口の中が甘ったるいの」
「御意」
リヒャルトは、慣れた手つきで紅茶を注いだ。女は、紅茶を優雅に飲むと、うっとりとしたようにため息をついた。
「はあ、最高。やっぱりお茶の時間は、至福ね。そういえば、今度の収穫で、何人くらい集まりそうなの?」
「50人以上は、集められそうです」
「50人!さすが、リヒャルトだわ。きっと私は、モテモテになって、困っちゃうわ。あー。誰にしようか迷って決められないかも」
フルレティは、ガーネットみたいな目をキラキラと輝かせた。
「フルレティ様。50人も集まったのは、あなたがモテているからではなく、無理やり連れて来られたからです」
「失礼ね。私の笑顔を見たら、みんな私にメロメロになるはずだわ。わたくしよりかわいくて、優しくていい子なんて、もうこの国にはいないはずだし」
「そんなんだから、サリエル王子に振られるんですよ」
それを聞いたフルレティは、不満げに頬をプクッと膨らませて、リヒャルトを睨んできた。
「振られたんじゃないわ。そもそも、好きだったわけじゃないし」
「断られたじゃないですか」
「いいこと?私は、ニューダの膨大な資源が欲しかっただけで、サリエル王子を好きだったんじゃないわ。彼は、私には、ふさわしくなかったの。私にふさわしい男は、いくらでもいるわ。みんな私を愛してくれるし」
「あなたは、本当のあなたを誰かに愛してもらえると思っているのですか」
「当然よ」
フルレティは、そう自信満々に自分の胸に手を当てたが、リヒャルトは首を振った。
「あなたは、愛されませんよ。だって、あなたを好きな人間は、みんなあなたの演じている姿を好きなだけなんですから」
「お黙り、リヒャルト。私が愛されない?そんなわけないわ。私は、完璧に聖女フルレティを演じられるの。だから、“フルレティ”への愛は、全て“私”への愛なのよ。私を侮辱するつもり?」
「もしそうなら、俺を殺してくれるのですか」
リヒャルトがそう問うと、フルレティはくすっと笑った。
「まさか。こんな楽しいおもちゃなかなか手放すことになれないわ。あなたは、私の隣で、私が幸せになるのを見届けないといけないわ」
「俺は、こんなにあなたが、不幸になるのを願っているのに」
「失礼な従者ね。死刑に値する侮辱よ。でも、簡単に死ぬなんて許さない。あなたは、死ぬまでわたくしのために働くのよ」
フルレティは、右手をリヒャルトに差し出した。
「御意」
リヒャルトは、忠誠を誓うようにフルレティの手に唇を当てた。
* *
フルレティに父を殺された。友人も上司も部下も、殺された。
最低最悪な彼女のことなんて、大嫌いだった。
誰よりも憎んでいたはずだった。
誰か殺してもらえたら、これ以上の喜びはないと思っていたはずなのに……。
『あなたが欲しい』と目を輝かせながら言われ、服従させられたことを忘れることができなかった。
もう少しだけ、彼女と遊びたかった。
天使な彼女も、悪魔な彼女も見ていたかった。
そんなことを最後に考えてしまうなんて、どうやら、自分もすっかり毒に染まり切ったらしい。
きっと、フルレティと長く過ごしたせいだ。
彼女に情が芽生えてしまったんだ。バカな男だ……。
自分は、天国には行けないだろう。
でも、地獄にあんたがいたら、退屈しないと思うんだ。
なあ、フルレティ……。




