第36話 異変
リオンに倒されたロドリゲスを見ていたヨルドは、おかしなものに気がついた。
ロドリゲスの右腕の服が破けている。その隙間から、黒色のあざがあるのが見えた。いや、あれは、あざじゃなくて刺青のようなものか。2匹の蛇が絡まりあっている。
その刺青は、なぜかロドリゲスがリオンに刺されてから、色が薄くなっていく。この刺青、どこかで見たことがある気がする……。でも、思い出すことができない。どこで見かけたんだっけ……。
腕組みしながら、そう考えていると、いきなりバーンと大きな音を立てて入口のドアが開いて、白いドレスを着たフルレティが現れた。彼女の隣には、リヒャルトがいる。
騒ぎを聞きつけて、ここにやってきたのだろうか……。たぶん虐殺を行う父親を止めに来たのだろう。しかし、彼女の視界には、死体となったロドリゲスが写っているはずだ。
「お父様!」
金切り声をあげながら、フルレティは、死体になった父親のもとに駆け寄った。
「お父様!私です!フルレティです」
フルレティが自分の服が血で汚れるのも構わず、ロドリゲスに慌てて駆け寄るが、彼からは返事がない。
「……ぁ……っぁ……ああ……。お父様……」
フルレティのガーネット色の目から、ぽたぽたと涙が流れ落ちて、ロドリゲスの顔に落ちていく。ロドリゲスは、最低最悪の人間であったが、フルレティにとっては、唯一の家族だ。きっと今は、胸が張り裂けそうなくらい辛いだろう……。
「大丈夫か。フルレティ」
フルレティのことが大好きなモルゾフが、泣きじゃくるフルレティの肩に優しく手を置いた。
「……私の父は、善人ではありませんでした。こんな日がいつか来てしまうかもしれないと思っていました。だけど……」
彼女は、言葉を続けられなくなったのが、一度しゃべるのをやめてから、また口を開いた。
「今は、涙が止まりません……」
フルレティは、右手でロドリゲスの頬を労わるように撫でた。
「お父様……。私のお父様……」
「かわいそうに……。大丈夫。俺が、君のことを守るから」
その言葉を聞いたフルレティが、視線を彼女の父親からモルゾフにうつした。
「ありがとうございます、モルゾフ。でも、私は、反逆者の娘です。私は、これから、どうなるのでしょうか?」
「ええっと……」
モルゾフが、言葉に詰まっていると、ハインツが彼女の傍に近づいてきた。そして、クイッと眼鏡をあげてから、説明しだした。
「君には何の罪もない。だけど、ロドリゲスの娘ということで、今後、民衆から非難を浴びるだろう。だけど、約束する。君の命まで奪わない。しばらく牢屋での生活になるだろう」
その言葉に、フルレティの表情が凍り付いた。
「牢屋?私が?」
「ああ、そうだ。牢屋に君を入れることは、君を守るためでもある。ロドリゲスは、非常に嫌われているから、普通に生活していたら、君の命が危ない」
それを聞いた天使のようなフルレティの顔が、般若みたいに歪んで醜い顔に変わり果てた。
「はああああああ?この私が、牢屋?ふざけないでよ」
次の瞬間、ハインツの首が吹っ飛んだ。
「え……」
何が起きた?
首を失ったハインツの胴体から、噴水のような血が噴き出している。
フルレティが、血まみれの剣を持ちながら立っている。
あまりの光景に、ヨルドは現実が理解できなかった。




