第35話 ロドリゲス
リオンが8歳になった頃、父親は、当時騎士団長であったロドリゲスのもとへ、引きずりながら連れて行った。
兄のスタリオンに比べて、リオンは、剣術が下手であった。王族がこのままでは、部下から舐められると心配した父親が、ロドリゲスにリオンを指導させようとしたのである。リオンの母親は、あなたはそのままでいい、好きなことをしていなさいというタイプであったが、父は母の言葉を聞き入れなかった。怯えるリオンを無理やりロドリゲスの前に連れて行った。
「ロドリゲス。こいつが、俺の息子リオンだ。スタリオンに比べて、剣術が下手すぎるんだ。こいつを指導して欲しい」
この頃のロドリゲスは、腹も出ていなく、禿げでもなかった。黒髪を刈り上げ、筋肉質な強面の迫力ある人であった。
「かしこまりました。私は、騎士団長ロドリゲス・バルツァーです。リオン様、よろしくお願いします」
彼は、リオンに向って丁寧にお辞儀をしてくれた。
リオンもお辞儀をしながら、「お、お、お願いします」と何とか返事をする。
「では、俺は、忙しいから帰る。息子は、夜になったら、護衛と一緒に返してくれ」
「ちょ、ちょっとお父さん。待って……」
「甘えるな。お前は、あいつにしごかれてこい」
そう言って、リオンの背中をバシッと叩いた父親は去っていった。
(ロドリゲス、めちゃくちゃ怖そうだな。俺、すっげぇ、下手だしがっかりされたら、どうしよう。早く家に帰って、チェスでもしていたい)
「リ、リオンです。お願いします」
そう挨拶したが、恐怖で笑顔がひきつり、声も裏返った。
「それがあなたの剣ですか」
ロドリゲスは、リオンが持っている剣を指さしてきた。
「はい、そうです」
「では、それで俺と戦ってみましょう」
「ひいいいいいいいいいいいいいっ」
(こいつは、俺を殺す気か‼お父さんは、ダメな方の息子を処分しようとしていたのか)
いきなり恐ろしい提案をされて、リオンは頭を抱えながら、その場にうずくまる。
「どんな風に攻撃をしてもいいですよ」
「真剣で戦うというのか!?怪我したらどうするんだ?」
リオンは、恐怖のあまりガタガタと震え出した。
「はは。私は、これでもドレシア国の騎士団長ですよ。あなたが、どんな天才でも叶わず勝ちます」
「でも……最初は、木刀にしないか」
「真剣で戦うのが好きですが、あなたが望むなら、そうしましょう」
「ロドリゲスは、真剣で戦うことが怖くないのか」
それを聞いたロドリゲスは、にんまりと唇を吊り上げた。
「スリルがあるからこそ、ワクワクするんですよ」
彼のガーネットの瞳が、夕日を浴びながら光り輝いていた。
結局、彼とは木刀で戦ったが、10秒も経たないうちにリオンは負けた。その後、さらに10回ほど戦ったが、すぐに負けてばかりであった。
「うーん。想像以上に弱いですね。スタリオン様と戦ったことがあったので、もう少し強いと思っていたんですが」
「俺は……兄上みたいに剣の才能もないし、剣なんて嫌いだ」
リオンは、うずくまりなりながら、本音を漏らした。
「あなたは、剣でどれくらい強くなりたいんですか」
「俺は、人並みに強くなれればそれでいい」
「そんなんで、この国を守れると思っているんですか」
ロドリゲスの口調が、棘のある鋭いものに変わる。
「俺は、剣で誰かを守れなくていい。俺は、人と戦うことが怖いから、知識で兄上を支えていく人間になりたい」
「あなたは、臆病だけどいい剣をしていますよ。大丈夫。臆病であることは、剣で戦う上で非常に重要です」
「本当か?」
「もちろんです。俺があなたを人並み以上に鍛えてあげます」
そして、ロドリゲスは、傷ついたリオンを労わるように頭をそっと撫でた。
リオンは、ロドリゲスの指導で人並み以上に上手くなった。
しかし、リオンが17歳になった時、ロドリゲスが反乱を起こした。そして、国王、王妃、兄上や騎士団全てを皆殺しにして、新しい国王を名乗った。
そして、税金をあげて、収容所を作り、数多くの国民を奴隷にした。彼は、悪人へと豹変し数多くの人々を殺した。
彼は、元から悪人だったのだろうか。それとも、何かがきっかけで彼はここまで変わったのだろうか……。
* *
「……いつからだって?そんなのどうでもいいだろう。だいたい、騙される方が、愚かなんだ」
最初に、攻撃を仕掛けたのはロドリゲスだった。彼の一撃は、重く強かった。
「うぐっ」
彼の剣を受け止めながら、リオンは吐きそうになる。大丈夫。あの頃の自分と違う。ちゃんと体は、動くし、剣の動きは見える。
(俺は、ロドリゲスと戦える‼)
リオンは、今度は、剣を持つ右手を強く握りしめながら、ロドリゲスに打ち返す。
「お前は、そんな風に国王になって、何をしたかったんだ!!フルレティは、あんたのせいで悲しんでいるぞ!」
その言葉を聞いたロドリゲスは、忌々し気に顔を歪めた。
「……あいつには、贅沢な暮らしをさせてやっている」
「そうじゃない。彼女が本当に欲しい物を聞いたことがあったか?」
「……」
ロドリゲスは、ギュッと唇と強く結んだ。言葉に詰まったのだろうか。
「お前は、この国の人々を苦しめている悪そのものだ」
リオンは、怒りにまかせて激しい攻撃を仕掛ける。しかし、ロドリゲスが、その攻撃についていく。
打ち合う剣からは、火花が飛び散る。二人の剣が激しさを増していく。
ヨルドが言っていた通りだ。
(これは、俺が始めた戦いだ。俺が終わらせなければ、いけない)
「俺は、お前を殺して、この国を救う!!!」
次の瞬間、リオンは、左手に隠していた短剣で、ロドリゲスの胸を刺した。
ロドリゲスの目が大きく見開かれた。
「はあ、はあ、はあ……」
リオンの息遣いが、荒くなる。胸が張り裂けそうなくらい苦しい。
「隠していたのか……」
「これが、卑怯で臆病な俺の戦い方だ。プライドなんて、とっくの昔に捨てたんだ」
自分がロドリゲスよりも弱いことは、わかっていた。だから、もし彼を殺す機会があれば、右手で彼の攻撃を引き付け、左手に隠したナイフで殺そうと決めていた。
ロドリゲスは、全てを諦めたようにふっと微笑んだ。
「リオン……本当に強くなったな……」
一瞬だけ、ロドリゲスの顔が泣きだしそうに、ぐちゃぐちゃに歪んだ。
しかし、すぐに元の悪人のように周囲を小ばかにする顔になり「ちくしょう」と呟いた。
「あなたは、どうしてこんなことをしでかしたんですか?」
ロドリゲスのガーネットみたいな瞳が、動揺したように揺れた。そして、言葉に詰まったように少しだけ黙り込んだ。
しかし、彼の瞳は、また冷酷そうな色を見せた。
「……決まっているだろう。自分の欲望を満たして、この国の頂点に立つためだ。この国の王になりたかったんだ」
「あなたは、そんな人じゃなかった。父さんだって、あなたは自慢の親友だとよく言っていた」
「お前に俺の何がわかる?俺は、こんな風に全てを手に入れたかったんだ。お前も、お前ら王族のことも、ずっと、ずっと殺したかったんだ!!!」
彼は、全身から声を絞り出したように叫ぶと、力尽きたように大量の血を吐いて、床にべちゃっと倒れ落ちた。
「これでよかったのか……」
彼は、かすれた声で、そう漏らした。ロドリゲスのガーネット色の目からは、涙がこぼれ落ちていく。
「ああ……フルレティ……」
彼が最後に思い出すのは、娘のことだったか……。バカな男だ。欲張らず小さな幸せで満足していれば、彼も彼の娘も幸せでいられたはずなのに……。
「死んだか、ロドリゲス。極悪非道な悪魔みたいな男だったくせに、死ぬのは、あっけないものだ」
リオンは、死体となったロドリゲスを思いっきり蹴り上げる。
「お前なんて、地獄に堕ちてしまえ!これで、父と母と兄の魂も報われるだろう。お前のせいで、この国はおかしくなったんだ!!!全部、全部、あんたのせいだ!」
もう一度、蹴り上げようとしてリオンが、顔を覆って振り上げた足をゆっくりと降ろす。
「……優しかったころのあなたなんて、知らなければよかった」
そう震えた声で言って、顔を周囲に隠すように壁際へと移動した。




